『鍋を差し出す: 観客のいない憑依の夜』

最後の民族誌記述のために、溜まった資料の中から、憑依霊が出現し人々とやり取りするさまがわかる資料を、まず日本語化することを考えた。憑依霊が出現する典型的な場面は、憑依霊のための徹夜の儀礼である。それはさまざまな治療手段、施術師就任の手続きなどとして催される儀礼なのだが、ンゴマ、カヤンバなどの楽器が大音量で演奏され、各憑依霊の持ち歌が歌われていくのが中心の儀礼で、近所の人々も含め多くの観衆が参加し、一種の娯楽の機会とすらなっている儀礼である。ときには観衆の中からも憑依される者が現れ、ばたばた倒れまくったり、出現した憑依霊が火渡りしたり、血を吸うぞと言って観衆を追い回したり、占いを始めたり、まあ確かにイベントフルで面白い機会なのだ。しかし、太鼓やカヤンバ、人々の歌声や飛び交う会話などで、肝心の憑依霊と施術師のやり取りなどはほとんど聞き取れないことが多い。演奏が静まり返って、みんなが憑依霊の言葉に耳を済ましているような瞬間に限定された資料となる。ビデオでもあったらよかったのだが、あいにく機材の持ち合わせもなく、撮影している暇があったら色んな人に話を聞いていたいよ、ってなもので、そもそも使う気もなかった。が、さて民族誌資料として形にしようという段になって、困り果ててしまった。というわけで、こいつらの資料化は後回しじゃ!

さいわい、患者とその家族、施術師、それに私くらいしかいない地味な治療の場で、憑依霊が飛び出してくることがある。上記の儀礼とは異なり、観客は(私を除いて)いない場面での登場である。録音もほぼしっかりできている。そんなケースの一つを紹介したい。

でも、面白がっているのは私ひとり、という話もある。うん、たしかに、たいした話ではない。でも民族誌的資料の提供にはなるかも。コンテクスト情報が圧倒的に足りないので、あわてて解説Webページも建設中。そこへのリンクもひいておいたので、「鍋治療」って何?という場合は、そちらも参照していただきたい。

憑依霊ペンバ人mupembaの施術師就任準備の「鍋」治療

鍋治療とはなにか

日記より(1)

日記をあげるなんて、そんな恥ずかしいことを。でも一応フィールドでの日々の覚書なので、その時の調査のコンテクストを提供してくれている。ただ、あまりにも私事にわたるプライベートな記述は省略させていただいている。それ以外は、当時ノートに書き込んだものを(テキスト化はしているが)そのまま転記。でもそれだと、ドゥルマ語が断りなしに出てきたりしてわけがわからない。だからといって、それに説明を書き加えたりしてしまうと、ある意味過去の改竄の誘引になる1。というわけで、鬱陶しいが、追加説明が必要と思われるものは、すべて脚注の形で行った。読みにくくてごめん。

Feb.10, 1994, Thu, jumma

朝起きて外に出るとtsalafu2の群れ。まさに小屋に進入しつつあるところだった。大慌てで粉末の殺虫剤を撒く。でも平気でうじゃうじゃ侵入してくる。小屋の床には馬鹿でかい蜘蛛。Katanaによると毒が あるというのでこれも退治する。 tsalafuの群れが立ち去り、ほっとして朝食の準備をし、さて食べようとしたところ椅子の上にtsatsapala3がとぐろを巻いている。カップボードの隅にはカエル。何という日だ。 Katanaによるとtsalafuの進入で小屋の壁の穴に棲みついていた奴らが全て追い出されたのだということだが、ということは、これまでずっと猛毒ヘビと同居していたということで、これも考えると恐ろしい。 Chari49時半にGandini5からのmuganga6を迎えるために来る。 ちょうど、ukuche7の役割についてHamisi,Ngolokoも交えて論争していたところ、Chariも加えて大論争になる。Katana言い負かされて不愉快そう。mugangaは...16時にようやく到着。その間、Chariとの雑談で仕事は完全停止状態。 nyungu8 を据える時間には遅すぎ、夜にかかることが確実なので同行しない旨告げると10、Chariは不愉快そうだし、Katanaは無責任に行け行けなどという。 一旦は行かないことにしたのだが、いかにもサボリみたいにおもえて良心が痛む。結局、テント11持参で泊まることを覚悟して自転車でChariたちの後を追う。 案の定、準備に手間取り結局nyunguを据えるのは9時すぎになる。夕食(11時)を挟んで、結局明け方近くまでかかってしまう。Chariはnyunguの前に座らされてmakokoteri12を受けているうちにgolomokpwa13。例のchiryomo14でmugangaと応酬するが、Mupemba15のはずだが、chiryomoはMuganda16、Musegeju17、Mwalimu Dunia18と同じである。その後、Giryama21語、Duruma語、スワヒリ語、などいろんな言語で応酬する。 それが去った後に、mugangaがarumwengu 全体22のmakokoteriで締める。 終わったかと思ったところ、実はMuduruma23が居残っていて、我々3人とひとしきり応酬、ついでpini24が最後に登場して泣く。 なんかいかにも芝居がかっているのだが、Murina25はすべてに真剣に応対する。風邪ぎみでのどが痛かったのが、ますますひどくなる。幸いテントの中では熟睡できた。

テクストデータと紐づけしたフィールドノート記述より

【nyungu ya mupemba for Chari】(Chariのためのペンバ人の鍋)

フィールドノートの記述は、あえて編集せずに、そのまま転記した。それではわけがわからなくなるので、必要な補足は(使用されているドゥルマ語の意味など)注釈の形でおこなった。アホみたいに拙い英語で書いている部分は、恥ずかしすぎるので、適当にまともな日本語に訳して提示している。ナンバリングは、フィールドノートにはなく、ここでの整理の都合である。各セクションのタイトルは、フィールドノートに書かれたタイトルと、ここで整理するために加えたものが混在している。本当はここも区別するべきか。

紐づけされている該当するテクストデータ全文(DB 7950-8003)

at Murina's mudzi26 patient: Chari wa Malau patient's Husband: Murina wa Chimera muganga: Moneni(通称)(本名=Mugala Masinde)

0. mupembaについて

イスラム系のnyama(nyama27 wa chidzomba)20だが、ndonga28をもつ イスラム系でndongaをもつのは mwalimu dunia18 と mupemba29 のみ

イスラム系のnyamaは紙巻きタバコsigaraを欲し、bara系のnyama19 tumbaku34を欲する。

しかしmupembaはtumbakuを受け入れるし、gushe35の黒い布をku-linga36する イスラム系のnyama(たとえばSudiani)ならgusheをまとったりはしない。

という具合にイスラム系でありながらbara系のnyamaの特徴ももつ

mupembaのためのkombe治療30では、mupemba専用のkombe=kombe dziru37を用いる nyunguについたmisizi38をzafarani39と混ぜたものを絵の具にして 黒みがかったアラビア文字風の模様を描く

1. mupemba のnyungu にいれるもの

(nyungu_mupemba.jpg)

  1. mihi(薬草=葉、根、樹皮などの植物成分)...

    1. mulozi(Acacia zanzibarica)40

    2. mbulushi tsaka(Carpolobia goetzeiか?)

    3. mbulushi(Sphaerocoryne gracilis)

    4. mshilo(?)

    5. mudungu(Zanthoxylum chalybeum)

    6. vwaha(galagala tsui, chigalagala tsui)(Plectranthus tenuiflorus)

    7. mujafari(mjafari)(Zanthoxylum holtzianum)

    8. mubambara(Commiphora Africana)

    9. mwembe dodo(a kind of mango, mangifera indica)

    10. mumbu(Aeolanthus zanzibaricus, or Artabotrys modestus?)

  2. chiserema41

  3. mitsanga ya funguni42

  4. madzi ga baharini43

  5. kafuri44

  6. haluwa(ス=halua)45

  7. zabibu46

  8. tende47

  9. marashi48

  10. nyuchi49

2. 施術師は「鍋」の用意をする。一つ一つの草木を「鍋」に入れながら、チャリにその内容を説明していく

  1. nyunguにmitsanga(ya funguni)42を入れ、水を入れたmukebe50をもってmakokoteri12 (DB 7950) ドゥルマ語テキスト

  2. 続いてnyunguにchiseremaとmuloziの根を入れ、さらにくわえるmavumba31について、そしてm(u)bulushi tsaka(mbulushiに似た臭い)、さらに mbulushi、mshilo、mudungu、galagalatsui(vwaha)、mujafari、mubambara(葉と樹皮(4つの方角すべてから削り取る)、mwembe dodoと、それぞれのmuhi(木、薬草)について名前を確認しつつ(Chariに教えながら)加えていく。 (DB 7951-7953) ドゥルマ語テキスト

  3. 次のmuhiは、Chariにはmbulushi tsakaと区別できない。Moneni、区別を教える。こちらの方が葉が固く厚い、丈も高い。Chari、仕事に用いたことのないmuhiについて知っているかと聞く方が悪いと逆ギレ。さらにMoneniこちらは手に入りにくいと説明。muhiの名前はmumbuだと明かす。 (DB 7954-7956) ドゥルマ語テキスト

  4. mihiを詰め、その上に mitsangaを再び振りまく。その上にさらにmihi。 kafuriを砕いて加え、細い木の枝をたわめて十字に差し込む(木の名前を確認し忘れた) haluwa, zabibu, tendeを少しずつ入れ、madzi ga baharini, marashi, nyuchiを入れて出来上がり。

3. 施術師、「池」の用意をする

sfuria51にnyunguで用意したmihi(根以外、葉のみ)をいれ、mitsanga, madzi ga baharini, marashiを加える

4. 黒い「皿」kombe dziruの用意

nyunguの煤とzafaraniを混ぜ、少量のmadzi ga dafu52で溶いて、白い磁器製の皿に描く。

1枚は「アラビア文字風」のものをびっしり書く。もう一枚には「モスク」らしき建物の絵を、アラビア文字風で囲んだもの。

前者は kombe ra koga30、後者は kombe ra kunwa。通常のkombe ra kunwa とは異なり、市販の sharbat rose53のかわりに、madzi ga dafuで溶いて 瓶にいれて、すこしずつ飲む。

5. 施術師、完成した「鍋」を憑依霊たちに提示する

施術師の唱えごとは、イスラム系の霊が対象ということで基本的にスワヒリ語。唱えごとと、その過程での憑依霊たちとのやり取りは、なんちゃってアラビア語、ドゥルマ語、ギリアマ語、正体不明のデタラメ語などが入り交じる。以下がほぼ全文の日本語訳である。

(nyungu10021994jp.txt)

なお以下でのフィールドノートの記述は、(当時の私が一体なにを思ってか)拙い英語のメモになっており、そのままここに転記するのがすごく恥ずかしい代物なので、それなりの日本語になおして提示する。なおナンバリングはフィールドノートにはなく、ここでの整理のために振ったもの。

5-1. 鶏54についての唱えごと 鍋をキブラに向けて据え、それに向かってまず白い雄鶏、つづいて赤い雄鶏の 毛をむしりつつ唱えごと 白鶏、赤鶏の脚をもって鍋の上を円を描くように動かしつつ唱えごと 聞き取れないささやき声から始まり、次に「アラビア語」の唱えごと(書き 起こされていない)、その後スワヒリ語に切り替わる。 DB 7957-7958(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-2. 鍋を憑依霊ペンバ人に示す チャリは鍋の前に座らされ、ムワリム・ドゥニアの白い布で覆われる。 施術師、唱えごとを再開。 DB7958-7959(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-3. 施術師はチャリの頭に赤い雄鶏を置き、次に白い雄鶏を置く、 唱えごと再開。 DB 7959(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-4. 雄鶏は飛び去り、施術師はチャリと握手(右手で)、新しい唱えごと(締めの?)を始める。 DB 7960-7963(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-5. 施術師は「アラビア語」で祈祷風の唱えごとを始める。 すぐにスワヒリ語に切り替わり、咳き込み、今にも嘔吐しそう。 意味不明な言葉(chiryomo)に切り替わる。憑依? 「ゼン・ゼン・ゼン!」という叫び声の後、スワヒリ語に戻る。 チャリもどうやらトランス状態?施術師、スワヒリ語で憑依霊の正体を明かすよう 問いかける。 DB7964(日本語訳) ドゥルマ語テキスト チャリは何も答えず、うめき声を上げる。 やがて2人は意味不明な言語(chiryomo)で会話を始める。 DB 7965-7966(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-6. chiryomoでの会話の後、施術師はギリアマ語にスィッチして説得を続ける。 DB 7967-7969(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-7. チャリは少し舌足らずの奇妙なドゥルマ語で応答する。結局、憑依霊ペンバ人 のようだ。彼は約束のものがあたえられないので、癒やしの術(uganga)を止めて しまうぞと脅す。 DB 7969-7971(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

5-8. チャリはスワヒリ語にスィッチ。 施術師は他にどの憑依霊が自分たちが無視されていると感じ、そのことで 癒やしの術を封じようとしているのか、を聞き出そうとする。 しかしペンバ人はそれには答えず、食べ物を要求する。ムガンガは彼に一杯の ローズウォーターを差し出す55 DB 7971-7974(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

 

5-9. 施術師はムリナを呼び、何が問題なのかを説明する。ムリナによると 主な問題は憑依霊ペンバ人に約束した家。ほぼできあがってはいたのだが、 彼らがキジヤモンゾから追い出されたことで大幅に遅れることになった。 現在暮らしている新しい土地で、ようやく約束した家(イスラム教の霊のため の)がほぼ完成していると言う。 施術師はペンバ人に、彼の要求がすべて叶うことになるンゴマの予定日を告げる。 DB 7975-7977(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

6. 施術師、締めの唱えごとに入る。すべての憑依霊に対する呼びかけ。チャリは次第に沈静化していく。

6-1. 「世界の住人たち」全員に対する締めの唱えごと DB 7978-7979(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

6-2. チャリは再び憑依状態の徴候を示す。 施術師は特定のイスラム系の霊に焦点を当てて説得を試みる。 さらに、叶えられていない要求をもつまだ名前の上がっていない霊にも探りを入れ、 全員に静まるよう乞う。 これで終了と思ったら、一人の霊が出現する。 DB 7979(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

6-3. それは男性の憑依霊ドゥルマ人であると判明。 みんな少しリラックスし、ちょっとコミカルなやり取りが始まる。 ドゥルマ人は、この場所は臭いと言って逃げ出そうとする。 この田舎者のドゥルマ人は、海岸の草木(mihi ya baharini)がたくさん入った 鍋から出る蒸気を嫌っているらしい。 ムガンガは、チャリの癒やしの術にあらたにイスラム系の憑依霊たちを迎え 入れようとしているのだと説明、ドゥルマ人に彼らを受け入れるように言う。 ドゥルマ人は、イスラムの霊たちに捧げられる新しい家に苛立ちを見せる。 ドゥルマ人は自分の家も手に入れることを約束される。 DB 7980-7987(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

6-4. ドゥルマ人、約束を果たせなかった場合、ムリナを殺すと脅す。 そして、イスラムの霊の悪口を言い、ムリナが自分たちの金(自分たちの 癒やしの術(uganga)からの収入)を盗んでいる?と非難する。 DB7988-7989(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

6-5. ドゥルマ人は、家の中で放尿すると脅してくる。 ムリナは、ンゴマの日に各霊に渡す約束の物をたくさん用意すると約束する。 施術師が締めの唱えごとを始めると、ドゥルマ人はさらに自分だけのための ンゴマが欲しいと言い出す。 ペンバ人を「外にだす ku-lavya konze56」ンゴマの予定日の前に、ドゥルマ人は 少しでいいから自分のンゴマをと頼むが、「ラマダンだから」と断られる。 ドゥルマ人は、働きたい憑依霊がもう一人いると言う。 施術師とムリナは彼の名前を聞き出そうとするが、ドゥルマ人は答えない。 そして泣き出す。 DB7990-7996(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

6-6. 施術師、ドゥルマ人をなだめる。 ドゥルマ人は泣き止み、新たに仕事を欲しがっている霊の名前が明らかになる。 チャリはその霊ピニの歌を歌い始め、再び泣き出す。 彼女がピニに憑依されているのか、それともまだドゥルマ人に憑依されているのか ははっきりしない。 施術師はギリアマ語で語りかけ、一方ムリナはドゥルマ語で話しかけている。 締めの唱えごとを受けながら、チャリは全員と握手を始める。 チャリ、最終的に沈静化。 DB 7997-8000(日本語訳) ドゥルマ語テキスト

「鍋」の蒸気を浴びているあいだの規則

(DB 8002-8003) ドゥルマ語テキスト

nyunguをkudzifukiza57する7日間は、一切仕事も炊事も水汲みもせず、ただjamvi58に座っている。来客が来ても挨拶しない。身につけているのは2枚のgushe35. 用を足すのにも付き添いに連れて行ってもらう。

日記より(2)

Feb.11, 1994, Fri, kpwaluka

朝食後、ngomaの日取りについて議論。Chariたちは私がいるうちにngomaを開こうとしているようなのだが、あいだにラマダン月が挟まるので、日程が苦しい。ラマダンの終了はおそらく3月14日くらい。私の出発予定は3月17日なので、3月15日に強引にngomaの日を設定する。月がまだでないkumi ra kpwanza59なので、暗闇のngomaになってしまうが。私は出発間際のどたばたは嫌なので、できればパスしてしまいたいところだ。気持ちはありがたいけど、僕のことはいいからラマダン明けてからゆっくり開いてくださいよ~ 本格的な風邪で体調極めて悪い。

夜明けの記念撮影 夜明けの記念写真(左から、私、チャリ、施術師モネーニ、ムリナ、セルフタイマー撮影)

参考文献

Kokwaro, J.O., 1976, Medicinal Plants of East Africa, Nairobi: East African Literature Bureau

Parkia, M. & JA Cooke, 2003, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 2. Medicinal plant uses", South African Journal of Botany 69(3): 382–395

Maundu, P. & B. Tengnas, eds., 2005, Useful trees and shrubs for Kenya, World Agroforestry Centre—Eastern and Central Africa Regional Programme

浜本満, 1992, 「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」, 『アフリカ研究』Vol.41:1-22

注釈


1 それがきっかけで、補足情報のさらなる書き込み。後知恵によるその時点での理解の訂正。などなどの誘惑に抗えなくなりそうだ。
2 サファリ・アント(軍隊アリ)
3 ブラックマンバ、猛毒のヘビ
4 私が最も親しくしていた女性施術師のひとり
5 地名
6 癒やす者、施術師、治療師
7 母系クラン
8 nyungu は土器製の鍋。鍋治療とは憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。概略はhttp://kalimbo.html.xdomain.jp/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと。翌月のChariのイスラム系の霊を正式に迎える徹夜の儀礼の前段階として7日間の鍋治療が行われる。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza, kochwa)。それが終わると、キザchiza9、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。
9 憑依霊のための草木(muhi)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu)とセットで設置される。
10 Chariたちの屋敷があるNgelengeは私の小屋から約7キロ離れたブッシュのなかにあり、近年夜間はゾウが徘徊することで危険。死者もでていた
11 モンベル製のMoonlightOneという一人用の重量1.5キロの超小型シェルターを、屋外で夜を明かさねばならない可能性があるときには、常に携行していた。
12 唱えごと、動詞「唱える ku-kokotera」より
13 憑依霊が表に出てきて、人が憑依霊として行為すること、またその状態になること。受動形のみで用いるが。ku-gondomola(人を怒らせてしまうなど、人の表に出ない感情を、表にださせる行為をさす動詞)との関係も考えられる。
14 憑依霊はときに普通の人には理解不可能な、未知の言語でしゃべる。いわゆる異言(tongues, glossolalia)であるが、chiryomoは動詞 ku-ryoma (訛って喋る、うまく喋れない)から来ており、人々が聞いたことのない外国語全般がchiryomoと呼ばれる。
15 憑依霊ペンバ人。民族名の憑依霊。強力な霊。きれい好きで厳格なイスラム教徒であるが、なかには瓢箪子供をもつペンバ人もおり、内陸系の霊とも共通性がある。犠牲者の血を好む。Chariの病気、とくに喀血はペンバ人の仕業であるとされ、Chari夫妻に厳しく要求を突きつけてくる。そしてついにこの霊の要求通り、ペンバ人に施術の仕事を与える(ペンバ人を外に出す)ことになった。今回の鍋治療は、その最終儀礼の準備の施術。
16 憑依霊ガンダ人。民族名の憑依霊。バナナを主食にするなど。Chari以外にこの霊をもっている人にあったことがない。
17 憑依霊セゲジュ人。民族名をもつ憑依霊。セゲジュはタンザニアの北海岸部に住む、ミジケンダと隣接する民族集団。イスラム教徒。
18 世界導師、内陸bara系19であると同時に海岸pwani系20であるという2つの属性を備えた憑依霊。キナンゴ周辺ではあまり知られていなかったが、Chariがやってきて、にわかに広がり始めた。ヘビ。イスラムでもあるが、瓢箪子供をもつ点で内陸系の霊の属性ももつ。
19 非イスラム系の霊は一般に「内陸部の霊 nyama wa bara」と呼ばれる。
20 イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。
21 ギリアマ(Giriama)はドゥルマ(Duruma)に隣接する民族集団で、ともに同じミジケンダ(Mijikenda)グループに属している。ミジケンダは直訳すると「9つの屋敷(村)」を意味し、過去においてミジケンダを構成する9集団のそれぞれがカヤ(Kaya=ディゴ語で屋敷(村)を意味する)と呼ばれる要塞村に暮らしていたことに由来する。9つの民族集団は、シュングワヤ(Shungwaya)伝承と呼ばれる共通の起源伝承をもっている。言語的にも近く、それぞれの集団の言語どうしでもかなりな程度の相互理解が可能である。ドゥルマ語以外はほぼわからない私でも、ギリアマ語で話されても、なんとなくわかるような気がする。気がするだけだが。ミジケンダには他に、ディゴ(Digo)、ラバイ(Rabai)、カウマ(Kauma)、リベ(Ribe)、カンベ(Kambe)、ジハナ(Jibana)、チョーニィ(Chonyi)が属している。
22 憑依霊全般をひっくるめて「世界の住人」を意味するこの言葉で呼ぶ
23 憑依霊ドゥルマ人、田舎者で粗野、ひょうきんなところもあるが、重い病気を引き起こす。多くの別名をもつ一方、さまざまなドゥルマ人がいる。男女のドゥルマ人は施術師になった際に、瓢箪子供を共有できない。男のドゥルマ人は瓢箪に入れる「血」はヒマ油だが女のドゥルマ人はハチミツと異なっているため。カルメ・ンガラ(kalumengala 男性[^kalumengala])、カシディ(kasidi 女性[^kasidi])。ディゴゼー(digozee 男性老人[^digozee])、この3人は明らかに別の実体(?)と思われるが、他の呼称は、たぶんそれぞれの別名だろう。ムガイ(mugayi 「困窮者」)、マシキーニ(masikini「貧乏人」)、ニョエ(nyoe 男性、ニョエはバッタの一種でトウモロコシの穂に頭を突っ込む習性から、内側に潜り込んで隠れようとする憑依霊ドゥルマ人(病気がドゥルマ人のせいであることが簡単にはわからない)の特徴を名付けたもの、ただしニョエがドゥルマ人であることを否定する施術師もいる)。症状:全身の痒みと掻きむしり(kuwawa mwiri osi na kudzikuna)、腹部熱感(ndani kpwaka moho)、息が詰まる(ku-hangama pumzi),すぐに気を失う(kufa haraka(ku-faは「死ぬ」を意味するが、意識を失うこともkufaと呼ばれる))、長期に渡る便秘、腹部膨満(ndani kuodzala字義通りには「腹が何かで満ち満ちる」))、絶えず便意を催す、膿を排尿、心臓がブラブラする、心臓が(毛を)むしられる、不眠、恐怖、死にそうだと感じる、ブッシュに逃げ込む、(周囲には)元気に見えてすぐ病気になる/病気に見えて、すぐ元気になる(ukongo wa kasidi)。行動: 憑依された人はトウモロコシ粉(ただし石臼で挽いて作った)の練り粥を編み籠(chiroboと呼ばれる持ち手のない小さい籠)に入れて食べたがり、半分に割った瓢箪製の容器(ngere)に注いだ苦い野草のスープを欲しがる。あたり構わず排便、排尿したがる。要求: 男のドゥルマ人は白い布(charehe)と革のベルト(mukanda wa ch'ingo)、女のドゥルマ人は紺色の布(nguo ya mulungu)にビーズで十字を描いたもの、癒やしの仕事。治療: 「鍋」、煮る草木、ぼろ布を焼いてその煙を浴びる。(注釈の注釈: ドゥルマの憑依霊の世界にはかなりの流動性がある。施術師の間での共通の知識もあるが、憑依霊についての知識の重要な源泉が、施術師個々人が見る夢であることから、施術師ごとの変異が生じる。同じ施術師であっても、時間がたつと知識が変化する。例えば私の重要な相談相手の一人であるChariはドゥルマ人と世界導師をその重要な持ち霊としているが、彼女は1989年の時点ではディゴゼーをドゥルマ人とは位置づけておらず(夢の中でディゴゼーがドゥルマ語を喋っており、カヤンバの席で出現したときもドゥルマ語でやりとりしている事実はあった)、独立した憑依霊として扱っていた。しかし1991年の時点では、はっきりドゥルマ人の長老として、ドゥルマ人のなかでもリーダー格の存在として扱っていた。)
24 ギリアマ系の霊で、同じくギリアマ系のSanzuaの別名ともいう。占いに従事する。
25 Chariの夫、妖術系の施術師、イスラム系の憑依霊をもっている
26 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。一人の男とその妻がムジと呼びうる最小単位であるが、しばしば2~3世代にわたる一夫多妻の大家族集団を形成する。ムジの長とその妻たち、その結婚した息子たちとその妻たち、さらにその息子たちの結婚した息子たちとその妻たちが一つのムジを構成していることも、かつては(私が調査を始めた1980年代はじめ頃)、普通に見られた。私はムジ(mudzi)を、こうした大きな単位を含めて「屋敷」と訳している。
27 憑依霊について一般的に言及する際に、最もよく使われる名詞がニャマ(nyama)という言葉である。これはドゥルマ語で「動物」の意味。ペーポー(p'ep'o)、シェターニ(shetani)も、憑依霊を指す言葉として用いられる。
28 単なる容器としての瓢箪ではなく、ここでは「瓢箪子供 mwana wa ndonga」のこと。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
29 民族名の憑依霊ペンバ人。ザンジバル島の北にあるペンバ島の住人。強力な霊。きれい好きで厳格なイスラム教徒であるが、なかには瓢箪子供をもつペンバ人もおり、内陸系の霊とも共通性がある。犠牲者の血を好む。。症状: 腹が「折りたたまれる(きつく圧迫される)」、吐血、血尿。治療:7日間の「飲む大皿」と「浴びる大皿」30、香料31と海岸部の草木32の鍋8。要求: 白いローブ(kanzu)帽子(kofia手縫いの)などイスラムの装束、コーラン(本)、陶器製のコップ(それで「飲む大皿」や香料を飲みたがる)、ナイフや長刀(panga)、癒やしの術(uganga33)。施術師になるには鍋治療ののちに徹夜のカヤンバ(ンゴマ)、赤いヤギ、白いヤギの供犠が行われる。ペンバ人のヤギを飼育(みだりに殺して食べてはならない)。これらの要求をかなえると、ペンバ人はとり憑いている者を金持ちにしてくれるという。
30 イスラム系の霊に対する治療法。磁器製の白い大皿(kombe)にサフランでコーランの章句(ドゥルマではそれ風の模様)や絵を描く。それをローズウォーターで溶いてバケツ一杯の水に入れ、それで水浴びする「浴びる大皿」(kombe ra koga)と、それをローズシロップで溶いて飲む「飲む大皿」(kombe ra kunwa)の2つからなる。
31 イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。これに施術師はさまざまな草木(樹皮、根皮、葉など)を細かく砕いたものを随時加えて用いる。
32 治療に用いる草木。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術33においても固有の草木が用いられる。
33 癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
34 粉状の嗅ぎ(snuffing)タバコ。鼻で吸い込む以外に、口に含んで楽しみ(chewing)唾液とともに吐き出す形でも用いられる。
35 織りの荒い薄い黒布
36 「腰に巻く」
37 黒い大皿
38
39 サフラン
40 カッコ内の学名は帰国後、同定可能だった分。フィールドワークの時点では、ただひたすら見分け能力の不足と、植物学の素養のなさを痛感するのみだった。帰国後の同定には〔Kokwaro 1976, Parkia&Cooke 2003, Maundu&Tegnas eds. 2005〕を参照した。これらはそれぞれの植物の現地名と学名の照合を可能にしてくれる。すべてのドゥルマの(ましてや施術師たちの)草木の呼び名が同定可能な訳ではないが。
41 すり減ったjembe(手鍬)の刃
42 浜辺の砂丘の砂
43 海水
44 樟脳 camphor
45 小麦粉、でんぷん、ギー、砂糖から作られた甘くて柔らかいスナック
46 スワヒリ語でブドウ、現地では干しブドウのみ
47 ナツメヤシの実、現地では干したもの
48 スワヒリ語で「香水」、ドゥルマではもっぱらローズウォーターのこと。ローズウォーターは化粧水などの目的で使用されるもので、市販されている。このあたりではもっぱらkombe治療などの目的で使われている。
49 ハチミツ(nyuchi)。高い木の枝にムヮト(mwat'o, pl. miat'o)と呼ばれる両端を塞いで一箇所穴をあけた木製の筒状容器を仕掛けて、巣箱とし蜂蜜を採集する。シェラやライカ、デナ、世界導師、憑依霊ディゴ人や女性の憑依霊ドゥルマ人(カシディ)などの瓢箪子供には「血」として蜂蜜を入れる。
50 ドゥルマでは空き缶を意味するが、ここではコップとして用いられている
51 ケニアで一般家庭で用いられているアルミ製の、取っ手のない鍋
52 ココヤシの若い実(dafu)は、核のなかに甘い(少し生臭い)液体が溜まっている。「ダフの水」madzi ga dafuと呼ばれる。
53 Sharbat Roseという名で市販されている赤色の甘いローズシロップ。
54 雄鶏といっても成鶏ではなく小さい若鶏
55 フィールドノートではrosewaterと書いているが、あきらかに4.で作成した「黒い皿 kombe dziru」の「飲む皿 kombe ra kunwa」を注いでもらったもののはずである。
56 「外に出す(ku-lavya konze, ku-lavya nze)」は人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のこと。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。
57 鍋(nyungu)から立ち上る湯気を身に浴びる
58 mulala(エダウチヤシ)の葉で編んだ長方形の敷物、茣蓙
59 ドゥルマの特殊な月日の数え方。詳しくはドゥルマの月日、週の数え方