On Magic

　文化人類学が対象とする慣行の多くが、それがまさに一見して非合理であることによって最初に人々の注意をひいたのだということは、人類学の営みを理解するうえで避けて通ることのできない事実である。非合理の淵の底からそれらを引き上げて、了解可能なものとして示すことが問題だったのである。淵の底で怪しげに光る金塊と思えたものが取り出してみた結果、ただの見慣れた小石であったとわかればよいのだ。しかしそうした作業の結果が我々にいつまでも不満をあたえ続けるとすれば、同様な引き上げ作業をただ闇雲に反復することは問題の解決にはならない。その作業自体を見なおすことが実際には必要なのである。手荒らなサルベージ作業が当の対象に癒しがたい損傷を与えてしまうということもよくある話なのだ。

　呪術の問題はまさにそうした問題の一つである。呪術が、我々の科学常識からするとその実現には最も不適切だと思われるような手段を用いたものであるにもかかわらず、あくまでもある意図の実現を念頭においた活動であるという事実は、未だかつて満足のいく形で取り上げられ解決されてはいない。ゲルが慨嘆をこめて指摘しているように、『呪術の効力』に関する問題は、もはや単により多くのデータの蓄積を続けることによって解決できる類のものではなく、資料の豊かさが逆に解釈の混乱を助長するだけとすら言える状況なのである（Gell 1977:25 )。おそらく必要とされているのは、これまでのデータの見なおしと、それにもまして、そうしたデータについての我々の語り口の再検討、つまり、呪術についてどのような言葉で語ることを我々が受けいれ、逆にどのような言葉で語ることを排除してきたかを検討することであろう。

　『たとえば、北アメリカのインディアンは、砂、灰、粘土のようなものの上に人物の像を描いたり、ある物体をその人の身体と想定しておいて、尖った棒切れでそれを突き刺したり、その他の方法でそれに危害を加えたりすることによって、それが表わす実際の人物自身の上に全く同じ危害を加えることができると信じこんでいるという』（Frazer 1925:邦訳61頁 )。『金枝篇』から任意に抜きとられたこの一例を念頭に置いておこう。これが資料としてどの程度信頼に足るかは問題ではない。その気になれば、私自身の手元にある資料やそれよりはるかに信頼できる他の人類学者の報告から同様な例をとることはいつでも可能であろう。しかしこの一切のコンテクストを無視した、またきわめて粗雑な記述はその簡潔さの故に、呪術のもっとも我々を当惑させる問題から我々が目をそらすことを不可能にするのである。正確な記述は、例えば、使用される灰がある特殊な植物の灰でなければならないこと、像は特定の約束事に従って描かれねばならないこと、それが描かれる地面も特定の場所に限られること、その像に危害を加える際にしかじかの呪文が唱えられねばならないこと、などを教えるかもしれない。こうした事実は、何故その特定の植物でなければならないのか、何故その特定の場所なのか、といった諸々の疑問を生じさせる。こういった問をたて、さらには諸々のコンテクストの究明によってこれらの疑問に答を出すことを通じて、ついには当該文化の象徴体系を一部描き出すことには成功するかもしれない。言うまでもないことであるが、このような研究には測り知れない価値があるし、それ自体けっして容易なことでもない。人類学者たちがこの方向での研究に関心を集中してきたとしても無理もないことなのである。ただ、それは報告された当の慣行、呪術という制度がいったい何であるのかという最初の根本的な疑問の答にはけっしてならないのだ。フレーザーの『金枝篇』に現われる数多くの事例は、逆にただこうした疑問のみを提出するものとなっているのである。そしてもちろんフレーザー自身はこの疑問に答えたつもりになっていた。

　なんらかの意図を実現するための活動であるという点で、呪術を一種の『技術』だと考えることができるのではないだろうか。少なくともフレーザーは呪術をそういったものだと考えた。灰の上に描かれた像に危害を加えることは、当の人物の胸に直接槍を突きたてることと同様、相手に死をもたらすという効果の点では何ら変わることのない代替的な技術的行為だと信じられているというわけである。個々の呪術が自然界の出来事に介入する技術的行為であるのと全く同様に、呪術の背後にある考え方も、近代科学とある奇妙な類似性をもった世界観だということになる。つまり、『自然界の一つの現象が．．．必然的にそして不可避的に他の現象の結果として現われることを予想している』点で、また『現象の因果継起が不変の法則によって決定され、．．．気まぐれ、偶然、僥倖などの要素を排除する』（Frazer op.cit.:126 )点で両者の類似はきわめて緊密なものだというのである。このフレーザーの指摘自体は、そこから近代科学との類似を読みとろうとするのをやめさえすればきわめて注目に価するものであることが後に判明するであろう。しかしこれは後の話だ。

　このように近代科学との類似性を指摘したあとでフレーザーは、ただし、呪術はこの因果連鎖を支配する法則についての全面的な誤認のゆえに『偽りの科学／科学の私生児（ bastard science ) 』なのだと付け加えることを忘れていない。呪術は互いに「類似」したもの、あるいはかつて「接触」していたものどうしのあいだの「観念連合」の関係にしかすぎないものを、両者のあいだの因果関係と混同してしまっているというのである。彼が正当にもたてた「類似」と「接触」あるいは「連続」という呪術の二つの構成原理が、後にロマン・ヤコブソンが指摘したように「隠喩的」および「換喩的」という表象作用の二つの軸に対応する区別であることはよく知られている。しかし呪術はそこに相互作用と因果関係を想定してしまうのだ。つまり呪術は『観念連合の二つの異なった誤適用に過ぎぬ』ものであり、極言すれば、『類感呪術は、相互に類似しているものは「同一」のものだと考える誤謬におちいっており、感染呪術はかつて相互に接触していたものは「いつまでも接触している」と考える誤謬におちいっている』（ibid:59 ）というわけだ。しかしいったい誰がこんな途方もない誤謬を犯すことができるというのだろうか。

　フレーザー以降の人類学者はおおむね彼のこうした結論に対して否定的である。呪術を誤った因果連関の把握にもとづいた『偽りの科学』の産物、誤った技術的行為だととらえるには、そこで犯されているとされる誤謬はあまりにも常軌を逸しすぎているのである。この困難から逃れる道は、少なくともその後の人類学者たちが選んだ限りにおいては、それほど工夫に富んだものとは言えない。大きく分けると、一つは、呪術を技術とはまったく別物として示すこと、いま一つは呪術の背後にあるとされる誤謬を比較的理にかなったものにまで縮めることである。こうした試みはどの程度成功したのだろうか。

III

　呪術を技術的行為とは別の物としてとらえる試みの最も単純なものは、「象徴的」あるいは「表出的」行為として呪術をとらえるという形をとる。これは解決というにはあまりにも安易な側面をもっている。グーディが早くから指摘しているように、人類学において「象徴的」あるいは「表出的」といった言いまわしが用いられる場合、それは『往往にして、単に観察者がある行為を内在的な手段－目的関係、「合理的な」因果連関の観点からは理解することができないということを告げる一つの方便にすぎないと判明する』からである（Goody 1961:156 )。それは単にその行為が、我々にとって容易に理解できるような意味での技術的行為ではないということを、言い換えているにすぎない場合もあるのだ。しかし一旦こうした性格付けを下してしまうと、呪術がある意味で疑いようもなく技術に類似した特徴をもっていること、ある意図された目的を実現させるための行為であることを、忘れてしまうか、忘れたふりをするか、あるいは副次的なものとしてかたづけてしまうことが可能になる。

　例えば、ビーティーは呪術が本質的には「表出的（expressive) 」なものであり、その限りにおいて、それが引き起こすだろうと信じられている結果にまして、呪術を行なうこと自体がそれだけで一つの目的となっているのだと主張する(Beattie 1964:204)。誰かを殺したいと思っている者は、呪術をつうじて、『自分の願望を劇的に表明し、それを「実演（acts out) 」している』(ibid.) のだというわけだ。とするとこれは、誰かを殺したいほどの憤怒にかられた男が、傍の犬を蹴とばしたり、相手の写真を切り刻んだりする行為と大きな違いはないことになろう。この比較が完全に的はずれであるとはいうつもりはない。しかし、写真を切り刻む男はそれによって相手が実際に死ぬとはまず考えていないであろうし、呪術の方も、願望の自然な吐露に近いというよりは、その様式化された手続によって、自然な吐露にむしろ制限を加えるものなのである。

　ビーティーが直接的な心理的効果の点で呪術をとらえようとしていることは確かであるが、この点で彼は、抑えがたい感情の『自然な』発露と呪術のあいだに緊密な類似を認めたマリノフスキー(Malinowski 1954:79-82) と近い立場に立っている。マリノフスキーはとりわけ、トロブリアンド島民の呪術行為を不安の解消という観点から見ようとした。それは他には対処手段のない不確定性と危険をともなう状況に直面する人々から、少なくとも恐れや不安を取り除くという点で、そうした状況に打ち勝つための一つの方法となっているというのである(ibid.) 。これは、呪術が一種の「気やすめ」にすぎないといっていることに他ならない。こうした見解は、呪術のなかに、幼児の遊戯にも比せられる『自律的幻覚によって経験された願望充足』を見たフロイトの議論とも通じるところがあるといえるかもしれない（Freud 1912: 邦訳 273頁) 。

　こうした議論の難点は、呪術には実際に期待された出来事をひきおこす力があると信じられているという事実に直面したときにあきらかとなる。つまりそれは、この信仰そのものを説明できないのである。呪術は『基本的に表出的（expressive) であるが、まさにそうであるがゆえに、しばしば手段としても効果的だと思われている』とビーティーは述べる（Beattie op. cit:215 ) 。そしてそれを、言葉や思考やシンボルにそなわった力についての信仰としてとらえ、我々自身しばしば経験する、自分のなかに知人の死を願う気持を発見したときの当惑や、その相手が死んだときに感じる罪悪感を、そうした信仰の名残りとして指摘しさえする。しかし、こうしたことこそがまさに説明されるべきことがらなのである。表出的な行為がすべて呪術というわけではないのだ。呪術を特徴付けるのは、ある「表出的」ともとらえうる行為とその予定された結果のあいだに設定されている不可思義な結び付きなのである。

　早くから行為の「儀礼的」な側面と「技術的」な側面を明確に区別してとらえることを提唱してきた（Leach 1954:10-14 )リーチにおいて、呪術に対する誤認はよりはっきりした形をとる。人間の行為は何かを「する行為」であると同時に何かを「言う行為」でもあるというのが彼が強調する点である。この後者の側面が「儀礼的」な側面なのである。これが後に行為の分類に適用されたとき、呪術は当然のことながら後者に分類されることになった。彼はひとまず、行為を①特定の目的に向けて、厳密に機械的な方法で観察可能な結果を生みだす『合理的－技術的』行動、②文化的に規定されたコードによって情報を伝える『伝達的（communicative)』行動、③本来効果はないが文化的なコンベンションによって何らかの効果を生む力があるとされる『呪術的（magical)』行動の三つに区別する。しかしただちに、②と③の区別が『見かけ上のもので、些細な』区別であるという理由から両者をまとめて「儀礼的」と呼ぶことを提唱するのである（Leach 1966:403-404 )。

　この「定義」が実際には転倒したものであることを指摘することは容易である。字義通りに受けとると、あらゆる言語行為は「儀礼」であることになってしまうが、そんなことを彼が主張しようとしているわけではなかろう。それに対して、ある種の儀礼が社会関係などを表明するものであることは早くから指摘されていた。それを情報を伝達する行為としてとらえることにはそれほど無理はない。一方、呪術も儀礼であるということには何の不都合もない。こうした人類学的な『通念』に乗っかって、彼は一見したところどう見ても乗り超え不可能に思える②と③のギャップを、あっさり帳消しにしてしまうという離れ業をやってのけたのである。これ以降、彼は安心して、呪術をも含めた儀礼において、『手段的側面よりも伝達的側面がとりわけ顕著である』（Leach 1968:523) と書くことになる。

　しかし誰かを殺すために、灰の上に描かれた像に尖った棒を突きたてる男の行動が、いったいどんな意味で伝達的行動だといえるのであろうか。これをコミュニケーションと呼ぶにはあきらかに無理がある。このようにはっきりと効果の方が問題になっているような場合、リーチは呪術が生きた人間どうしの、命令－服従のような「信号行動」にモデルをとったものであると分析するだろう(ibid:525, Leach 1976:30-31)。つまりやはりそこには致命的な誤謬、偽りのコミュニケーションがあったというわけである。呪術師は対象と表象的関係にたっているにすぎないシンボルを、自動的に反応を引き出すシグナルと取り違え、それを本来シグナルの受け手ではないものに向って発しているのだというのだ。ここで要約するにはやや錯綜した、また記号論的なナンセンスに満ちているため要約の価値すらない、彼の熱心な弁護にもかかわらず、この誤謬が、フレーザーの未開人が犯しているとされる誤謬に比べて、幾分かでもましだと考える理由はどこにもない。それはやはり人間が一貫して犯しうるような誤謬ではないのである。

　呪術を技術から頭ごなしに排除して考えたり、それを誤謬と決めつけて、その誤謬の質について論じたりすることには、あまり実りがないことはあきらかである。仮に呪術がいわゆる『実践的な技術』によりは象徴的な表現に近いものだとしても、それを実践的な技術との関連においてとらえることはやはり必要なのである。

　呪術が単に『実践的な技術』にとって替わるものではないことは、すでにマリノフスキーが指摘している。トロブリアンド島民は耕作の各段階ごとに呪術的な儀礼を挿入しているが、だからといって、呪術にすべてをまかせて自分たち自身の耕作の努力をやめてしまうわけではない。そんなことは島民自身にとっても問題外のことなのだ(Malinowski op. cit:28 )。リーンハートはディンカ族の thuic と呼ばれる一見とるにたらない呪術を例にあげて同様な点を論じている。これは草の束に結び目をつけるという単純な行為からなるが、なんらかの遅れや拘束をもたらすとされている。敵やライオンを表わす石を結び目の中にいっしょに包みこむことにより、敵やライオンの自由を奪うといった具合にも用いられるし、旅をする者が路傍の草を結んで、目的地での食事の用意が彼の到着にあわせて遅れるように願うのにも用いられる。しかし、例えばこの旅人は、thuic を行なったからといって、安心してのんびり旅を続けるわけではけっしてない。それどころか、以前にもまして歩を速めるのである。呪術は『実践的なあるいは技術的な行為の代替物ではなく、それを補完しまたその準備となるものである。そうした結び目を作った男は、自分のはっきりと固った意図に外的な目に見える表現をあたえたのである。つまり自分の願望や希望のモデルを作り出しているのであり、それに基づいて、更なる実践的な努力にはずみがつけられるのである』(Lienhardt 1961:282-283 ) 。

　呪術は本質的には表現的、象徴的なものであり、技術的な意味ではそれ自身においては無効である。それを有効なものに見せているのは、実は、呪術に引き続いてなされる人々自身の実践的な活動だったのである。呪術の効力とは、人々の具体的な実践の上におよぶ効力なのだ。上の例から導き出しうるこうした含意を最も発展させて論じたのがタンバイアーである(Tambiah 1968 ) 。マリノフスキーが調査したトロブリアンド島民の農耕呪術やクラ呪術の再分析をつうじて、彼はこれら呪術が実践的技術的活動とは明確に区別されながらも、後者の活動に不可分な形で織り混ぜられそれらと密接に結びついているという事実に注意を促す。充分予想できることであるが、彼の力点は呪術において見られる具体的な操作によりは、そこで用いられる呪文のほうに置かれている。それらは実践的技術的な活動に対する情報を与えるのだというのである。例えば、すでにリーチが指摘していることであるが（Leach 1966) 、呪文にみられる単調な繰り返しの要素は、情報の伝達を確実にする情報理論でいうところの「冗長性（redundancy) 」に対応するものであるし、呪文そのものが、文字による記録のない社会で、技術的、社会的活動に関する生きた情報の貯蔵庫（memory bank)となっているのだ（Tambiah op. cit:192-193 ) 。

　しかしそれにもましてタンバイアーが強調するのは、これら呪文を豊かに彩っている隠喩的表象操作の数々である。それらはけっしてそこからの神秘的な相互作用を期待して持ち出される陳腐な類似ではない。フレーザーの未開人とは反対に、これらの呪文において問題になっているのは類似によって何かをしようということではなく、むしろ、そうした類似自体をあらためてうち立てること、つまり複雑な象徴体系を介して懸け離れた領域のあいだに思いがけない結びつきを見出すこと、このこと自体なのである。それが人々が引き続いて行なう技術的活動やその結果に対する『想像的な』理解をもたらすのだとタンバイアーは主張する。風の吹きぬける畑で、波間に戯れるイルカのイメージを呼び出すトロブリアンド島民は、芋のツルのうねりやからまりにイルカの自由なうねるような動きを重ねあわせるのだ( ibid:195 )。もちろん人々は単に呪文を唱えるだけでなく、集められたさまざまな材料を用いて呪的な操作も行なう。こうした操作は、呪文における隠喩的な手続きを操作的な衣につつみ込むことによってそれに一層の写実性をあたえているのである(ibid: 194) 。呪術はたんに人々の実践的な活動のひきがねになるばかりではない。それはそうした活動の『青写真であり、自己実現的な予言( self-fulfilling prophecy )であるとともに、分断された文明に生きる我々には拒まれているような仕方で、トロブリアンド島民に、自分たちの活動の技術的、美的、価値的特性に対する一つの理解をあたえるものなのである』( ibid: 200)。

　タンバイアーのこの論文が我々の呪術理解にもたらしたもの、とりわけ彼が指摘した最後の点はどんなに評価してもしすぎにはならない。彼は呪術がむしろ表現的、象徴的なものであるという主張に具体的な基盤をあたえた。呪術は実践的技術的活動とは混同しえない表現的な活動であり、まさに表現的であることによって、実践的な活動に有益な仕方で関係するのだというわけだ。しかし彼が扱う例は、あまりにも限定されているとは言えないだろうか。実践的な活動と必ずしも対応しない、あるいは対応しえないような呪術もあるのである。誰かを殺そうとして地面に描いた敵の像に尖った棒を突きたてた男は、その後であらためて、槍を敵の胸に実際に突きたてるために出かけていったりはしない。雨乞いの呪術のあとで、雨を降らせるための実践的な活動が始まるわけではない。そんな活動は存在しないからである。たしかに呪術は人々に、ある未だ実現していない一つの世界をきわめて印象的な仕方で垣間見させるということは言えるだろう。それはそうした世界の『青写真』、隠喩で描かれた青写真でありうる。（呪術の記述がフレーザー流のコンテクスト抜きのものでは不充分となり象徴体系の研究に道を譲るのは、この点からである。）しかしそれは、タンバイアーが認めるような直接的な形で実践的な活動と結びついているとは限らない。呪術が垣間見させる世界とその実現が必ずしも実践的な活動によって保証されていない場合にも我々はそれを『自己実現的予言』であると見ることができるであろうか。もしそうだと言えるとすれば、これこそが『呪術の効力』の問題に他ならない。呪術を自己実現的予言と見ることが実は逆説的なのであり、我々がしばしば口にする自己実現的予言なるもの自体に実際きわめて呪術的な要素が認められるのである。

　実践的な活動に明確には対応するものを持たない呪術のなかにこそ、呪術の呪術たる性格を分析する手掛りが存在するといえるかもしれない。リーンハートは、すでに述べた　thuic のように実践的な活動が後に続く呪術のほかに、そうした形では解釈できない例もいくつか問題にしている。彼が引用する呪術儀礼の一つに、ディンカ族のあいだのマラリア治療のための儀礼がある。報告によると、これは雨期がすでに終って一ヶ月もしてから行なわれたが、この時期になると、マラリアが遅かれ早かれ終熄することは目に見えていたというのである(Lienhardt op. cit: 280 ) 。これは雨乞いの呪術についても同様である。それはたいてい雨期がまさに始まろうという頃、いつ雨が降り出してもおかしくない季節に行なわれるのが普通であり、乾期のまっ盛りに雨乞いをしたりするほど常軌を逸した人々の例はこれまで報告されたためしがない。こうした儀礼は『それがもたらすとされている結果を人々がすでに漠然と経験しはじめているか、少なくともすぐにそれが期待できるようなそんな時期に開かれているのである。』つまり『人々の象徴的行為は彼らのまわりの自然世界のリズムとともに動いているのであり、そのリズムを精神的な形で再－創造しているのであって、単純にそれを人間の願望に無理矢理一致させようとしているのではないのだ』( ibid.)。

　リーンハートが指摘したこの点を核にすえ、独特の呪術－儀礼論を展開したのがメアリー・ダグラスである(Doulas 1966:58-72) 。彼女は未開人の儀礼を、もっぱら何らかの奇跡や呪術的効果を生むためのものとして扱うことは誤りであろうと言う。むしろ、ディンカ族の雨乞いの儀礼やその他の儀礼が、自然のリズムを経験としてあらためて再－創造するものであるように、それは経験に形式をあたえ、そうすることを通じて、それを再－創造し、創り変えるものなのである。この点において重要なのはとりわけ、儀礼がもつ『枠づけ( framing ) 』と『焦点あわせ( focussing ) 』という二つの機能である。thuic 呪術のようなほとんど取るに足らない呪術的行為でさえ、少なくともこうした枠づけによって、時間どおりに目的地へ着きたいという希望に、注意の焦点を集中させているわけである。『枠づけ』は特定のテーマによって経験を囲い込み、それに関与的な事柄に注意を集中させる（『焦点あわせ』）と同時に、邪魔な問題をそこから閉め出すことによって、つまりこうして選択原理に変更を加えることを通じて、知覚作用そのものを変質させるのである( ibid:63 ) 。従って『単に、儀礼が我々がいずれにしても経験したはずのものを一層生き生きと経験させてくれるのだと言うだけでは充分ではない。．．．儀礼がなければ経験のしようのないものもあるのだ』( ibid:64 ) 。

　こう論じることによってダグラスが意図しているのは、何らかの呪術的効果の期待によって特徴付けられる『呪術』というカテゴリーそのものの廃棄に他ならない。儀礼を通じての知覚作用や経験の変容と再－創造という観念は、一見したところ非－呪術的な儀礼である通過儀礼などに関しては問題の余地なくあてはまるように見える。例えばイニシエーションは、子供に魔法をかけて大人にする呪術ではなく、以前には「子供として」見られていた存在を、それによって今や「大人として」見るようにするために行なわれる儀礼である。つまりそれは人々の物の見方を、経験を変容させる儀礼なのであり、そもそも子供が大人になるとはそういった事態をさしているのだ。ダグラスは、所謂「宗教的儀礼」と「世俗的儀式」の区別とともに、「呪術」と所謂「非－呪術的儀礼」の区別を恣意的であるとして退け、後者の観点から統一的にそれらを理解することを提唱しているのである。　呪術といわゆる通過儀礼のような儀礼を統一的にとらえることの必要性は確かにある。しかしこれを主張する際に、彼女は結果を生む手段としての呪術の効果を否定する点であまりにも性急であったとはいえないだろうか。雨乞いが雨を降らせ、治療儀礼が死を遠ざけ、地面に描いた像に棒を突きたてることが敵の死をもたらす、と人々自身が主張しているときに、人類学者の側でそれを拒否するどんな権利があるというのだろう。彼女が呪術に関する章を、ブッシュマンについてのマーシャルの報告の、意図的にとは言わないまでも、完全な誤読に基づいた引用から始めていることは示唆的である。かつてクング・ブッシュマンが rain dance を行なったとき、地平線に小さな雲が出現し、それが拡がって天はかき曇り、やがて本当に雨が降りだした。しかし、ブッシュマンたちにこの踊りが雨を降らせたと思うかと尋ねた人類学者は、一笑に付されたという。ダグラスが言うところに従って( ibid:58 ) これを、人々自身が雨乞いの儀礼の外的効果を信じていないのだととってはならない。マーシャルはこの例を、rain dance が雨乞いの儀礼でないことを示すために出しているのだ。雨乞いの呪術は別にちゃんとあるのである( Marshall 1957 ) 。

　ダグラスが呪術－儀礼が本質的に表現的、象徴的なものであるという見方により重要な含意を付け加えたことは確かである。それはタンバイアーが主張するように、実践的活動を組織するといった『外的』な関係をつうじて経験と結び付いているだけではない。まさに「表現－記述」するというそのことを通じて、そのように表現－記述されるところの経験そのものが創出されるという、エスノメソドロジーが指摘するところの『相互反照性( reflexivity)』の関係を通じて、呪術－儀礼と経験は『内的』にも結び付いているのである( cf. Garfinkel 1967:1 )。ダグラスが到達したこの地点から『呪術の効力』の問題へ移るには、ほんのわずかな一歩を踏み出しさえすればよい。しかし彼女は、フレーザー流の「偽りの技術」、アラジンの魔法のランプとともに、この問題も葬り去ってしまうのである。そしてもはや我々が慣れ親しんでいる意味での「技術」の観念が一切かかわってこない通過儀礼の領域に安住するのだ。

VII

　呪術と所謂「非－呪術的な儀礼」を統一的にとらえるのに、もちろん全く逆のやり方もありうるはずである。確かに、結果的には間違っていたとはいえ、フレーザーは通過儀礼的なものまで一種の呪術としてとらえることによって、そうしていたのだ。成年式のような通過儀礼が子供を大人にするという目的に対する手段であると言っても、別段言葉のトリックを用いたことにはならない。そのように見れば、それは確かに一つの「技術」なのである。大人になるということが生物学的な成熟以上のことを意味しているとするなら、子供は大人へと「作り変え」られねばならない存在であるということになる。たしかに、こうしたことを可能にする「技術」は、我々が知っているような意味での技術ではなかろう。しかし、これを「技術」と呼ぶことを我々にためらわせるのは、技術の概念に対して我々のほうで加えた不当に狭い限定のせいだということも忘れてはなるまい。実は、この不当な限定とともに、我々はこうした「技術」そのものも手離してしまったのかもしれないのである。子供は大人にならなければならない。しかしどうすればそれが可能なのだろう。「おまえは今日から大人ですよ、」と言いさえすればよいのだろうか。それとも何か他にすることはないのだろうか。我々の文明はこうしたことを本質的に試行錯誤にまかせてしまっているかのように見える。が話をもとに戻そう。

　リーンハートは再び正当にも、これら我々が用いる意味での技術的、実践的行為の代替物をそもそもの可能性として排除しているような呪術にも言及している。例えば近親相姦の穢れを取り除く儀礼がそれである。それは当の儀礼以外の手段では取り除きようがないものである。『というのは、近親相姦の穢れなるものがそもそも、精神的宇宙に属する事実で、物理的宇宙に属する事実ではないからである』(Lienhardt op.cit: 268) 。また抗争している集団間に「平和」をもたらす儀礼がある。そもそも「平和」とは単に戦闘がないことのみを意味するものではない。抗争中の集団が槍を交じえない日があってもおかしくないし、それが何日にも、あるいは何ヶ月にもわたることもあろう。しかしそれを「平和」と呼ぶことはあるまい。「平和」とは作り出されねばならないあるものである。そしてそれは当の儀礼をつうじてのみもたらされるのである。再びそれを「平和」をもたらす「技術」だと言ってもけっして誤りではないのだ。

　こうした呪術－儀礼が、まさにメアリー・ダグラスが言う意味での経験の変容、「物の見方」の変容をもたらすことによって、その目的を達成していることは確かである。当人や周囲の人々が以前には「子供として」見ていた存在を「大人として」見るようになる、戦争状態として見ていたものを平和状態として、穢れた状態として見ていたものを穢れていない状態として見るようになるということなのだ。しかしこうした変化が生じたとき、当の人々はそれをけっして自分たちの「物の見方」が変化しただけだとはとらえないだろう。まさに子供が大人に、戦争状態が平和に、穢れた状態が穢れのない状態に変化したととらえるのである。つまり経験が変容したということは同時に、当の人々の観点からすると、変容する以前の経験から見て新しい経験が、一つの世界が創り出されたということでもあるのだ。言い換えるとそれは意図されていたもの、願望の『実現』なのであり、この意味ではまさしく『呪術の効力』の最も直接的な現れだとも言えるのである。ダグラスの意図とは逆に、通過儀礼のような一見して非－呪術的な儀礼を呪術の角度からながめることも、このように可能なのである。

　もちろんこれを以って『呪術の効力』の問題が解決されたと考えるとすれば、軽率のそしりを免れえないであろう。いわゆる呪術らしい呪術においては、問題は単なる経験の作り変えのみにあるのではなく、物理的世界における出来事にもかかっているからである。地面の上に描いた人物像に尖った棒を突きたてる男は、単に自分の敵をすでに死んだものと見做して満足するのではなく（明らかにこのことも重要であるが、）相手が文字どおり死ぬことをやはり期待しているのである。

VIII

　以上の議論の流れからはやや脇路にそれるが、ここで今まで繰り返し言及してきた「人殺しの呪術」をめぐって提出された一つの議論を、簡単に検討しておきたい。フレーザーはこの例を紹介する際、それを行なう人々が、こうした呪術によって当の人物自身の上に『全く同じ危害を加えることができると信じこんでいる』と書いた。しかし本当にそうなのだろうか。もしそうだとしても、ニーダムやスペルベルとともに、「信じる」という言葉によって指し示されるような単一の心的経験を想定することは不可能だと言うこともできるだろう( Needham 1972, Sperber 1984 )。一言で「信じる」といっても実際にはいろいろな信じ方があるのだ。ギルバート・ルイスはニューギニアのグナウ族における「母方のオジがオイを殺す呪術」に関してこの問題を検討している( Lewis 1980:186-199) 。この現実の殺人がそれほど珍しくも困難でもない社会において、呪術的な殺人という代替物はどのようにとらえられているのであろうか。もし人々がそれを「文字どおり」信じており、現実の殺人行為の完全な代用品としてそうした呪術に訴えているのであれば、彼らはその効果の不確実性に遅かれ早かれ直面するはずである。実際には、ルイスによると、人々自身この呪術の効果には半信半疑なのだという。確かに彼らは呪術を信じていると言うが、それは half-belief 、つまり自ら進んで身をまかす一種の幻想なのである。呪術は人々自身にとっても「象徴的」なものとして受けとられており、現実の暴力行為の部分的な代替物にすぎないのだ。

　もしそうだとすると、現実の殺人のかわりにこの呪術に訴える母方のオジの動機は単なる殺人願望よりは少々複雑なものである。彼はたしかにオイを殺したいほど憎んでいるが実際の暴力に訴えるほどにはその死を願っていない。現実の殺人は一度犯すと取り返しがつかないが、呪術はその影響力をひっこめることもできるだろう。オジはオイが自らすすんで謝罪し彼との和解が成立する可能性を残しておくのである。

　確かに呪術を信じると告白する人々が、フレーザーが考えていたよりははるかにリアリストであったと確認することには意味がある。しかし呪術が、人々自身それを「文字どおり」には受けとめかねている、象徴的な『半命題的信念』(Sperber op.cit: 113) であることが示されたからといって、それは呪術が提出する根本的な問題に答えたことにはならないであろう。ある制度が人々によってどう受けとめられているか、それが表層的にどう運用されているかを明らかにすることによっては、その制度そのものの根拠を示すことはできない。問題は、文字どおりに信じこまれているにせよ、半信半疑であるにせよ、呪術と本来それとは無縁なある事象とのあいだに可能なつながりが設定されていることそれ自体なのである。こうした設定を許す根拠そのものが問われているのだ。

　我々はこうした問題に答えることができるであろうか。呪術理解をめぐって人類学者が提出してきたさまざまなアプローチをおおざっぱに検討し終えた今、この問い、『呪術の効力』の問題に答える手掛りなりとも示しておかねばなるまい。

　外からながめる限り、呪術は本質的には表現的な行為とうつる。それは人々の願望の表明であり、実現が願われている出来事の隠喩的な描き出しである。タンバイアーが指摘するとおり、それは人々に可能な一つの世界を、人々の希望が実現した理想の状態をきわめて印象的な仕方で垣間見させるのだ。呪術のもつこうした特徴はすでに確認済みの事柄に属するといえるだろう。問題は、呪術がここで完結していないということ、このような形で表現された願望がその後の世界を、その後の人々の経験を自らの支配のもとにおくという点なのである。呪術に関して一見理解不可能なのはまさにこれである。

　しかしこれは本当にそれほど理解困難なことなのであろうか。すでにビーティーは、我々が、友人の死を心ひそかに願っていたことに突然気付いた際に感じる当惑について触れている。それは何も単に道徳的な理由からのみではあるまい。彼が事故にでもあって死のうものなら、我々はたちどころに罪の意識を感じるのである。こうした現象について一貫して語る言葉を未だに欠いていることが、あるいはむしろ、そうした現象について真面目に語ることを拒絶していることが、我々に呪術を一層理解困難なものに見せているのかもしれないのだ。とすれば、我々は「表明された願望」なるものの真の効力に関して根強い誤認を犯しているのである。

　そもそも願望を表明する、あるいは自らの願望を確認するという行為はいったい何を意味しているのだろうか。たしかにある事柄を願っただけではそれを手に入れることはできない。我々は人々がこう語るのをしばしば耳にする。願望の表明は、それが誰かに聞きとどけられることを意図して発せられたものでない限り、危険に直面して目を閉じて立ちすくんでしまう行為と同様、まったく『技術的』には意味のない行為であることになる。その割には、こうした意味のない願望の表明を我々はけっこう行なっているのである。危険に対して目を閉じることによって、たしかに、危険は文字どおり「消える」つまり見えなくなるし、将来の不安の種を考えないことによって、そうした問題は「消える」。意味のない願望の表明は、こうした行為と同様、それ自体おおいに「呪術的」なのである。目を閉じても、もちろん危険は消えないし、考えなくとも問題はやはりそこにある。同様に単なる願望の表明は、物理的世界をその支配下に置くことは当然できない。しかしにもかかわらず、我々がこうした行為を繰り返してやまないのは、もちろんけっして古代の呪術の残存といったことではなく、こうした行為が我々の経験世界に対して一定の役割を演じているからだと考えたほうが、はるかに妥当であろう。

　単に願っただけではそれを実現することはけっしてできない。しかし逆もまた同様に成り立つのだ。もし願わなければ、つまりかつてそうした願望をもったことがなく、またそれを自らに確認したことがなかったならば、何も実現しはしないのである。なにも、目標を設定しなければ努力もできない、などという自明のことを言っているのではない。願望という事実がなければ、仮に僥倖がある出来事を彼にもたらしたとしても、彼はそれにたいして意味を見出さないであろうし、ましてや、希望が実現したという形でその経験を把握することもできないであろうということなのだ。願望という事実があってはじめて、経験は一つの明確な構造－－願望とその実現という構造を手に入れるのである。ところでこの、経験がその軸にそって組織されまとまりのあるものとして完結するところの構造は、狭義の因果関係とは異っている。それは狭義の原因－結果の関係ではなく、「子供」の状態がやがて来るはずの「大人」の状態を、戦争の状態がその終結を、出会いが別れを予想し招来する、一言で言えば、『物語』の端初がその結末を必然的に予想し招くといった際に見出される構造なのである。私はそれを『物語』的構造と呼んでおきたい。言いかえれば、願望の表明はその後の経験に、ある『物語』の網を投げかけるのである。ある人間の死を願ったことがあるというまさにその事実が、その人間の死に際して、その死を否応なく一つの『物語』のなかに置いてしまうのだ。我々は「近代科学」の世界観に訴え、「そんなはずはないのだ」と自らに言いきかせることによってのみ、そうした『物語』の呪縛からかろうじて身を引き離すことができるのである。

　言い古されたことであるが、人間は混沌には耐えられない。常に経験になんらかの秩序をもとめる生き物だという。経験はつねになんらかの『物語』の形をもつものとして構築されることになる。しかし実際には混沌に対する危具は、物語の呪縛の危険とある意味では見事に釣り合っている。さまざまなものが、人間の経験にそうした物語の網を投げかけようと待ちかまえているのだ。因果関係はそうした物語の一つの構造的契機にすぎない。意味ありげな夢が投じた網が、その日一日のムードを奇妙な色に染めあげる。これは我々がしばしば経験することである。網を引き絞る気にさえなれば、どんな些細な出来事であれ引っかけて、一つの物語を完結させることができるであろう。ある印象的な出来事がふいに投げ広げた網の中で、昨日の誰某の何気ない言葉や振舞いがにわかに大きな意味をもちはじめるといったこともけっして珍しいことではない。

　おそらく可能な物語の構造といったものが、社会毎にある程度規定されているのかもしれない。ある是認された構造が他を排除して社会の周縁に追いやっているといったこともあろう。願望の表明は、意味あり気な昨夜の夢と同様に、一つの『物語』の網を我々の経験に投げかける。しかし我々は同時にこれらをあまり深刻にとりすぎないようにと常に言い聞かせてもいるのである。ある意味では、フロイトが扱う神経症患者の多くは、こうした現代社会では通常周縁部に追いやられている特殊な物語の呪縛に自らすすんで身をまかせた人々だということもできるかもしれない。『彼がちょうどある人物のことを考えると、すでに早くも、まるで彼が呼びだしでもしたかのように、その人物が彼のほうにやってくるのだ。彼が突然、長年音信不通の知人の安否を尋ねたりすると、かならず、その人は死んだばかりだと聞かされるにきまっていた。．．．彼が見知らぬ人に対して、あまり本気で考えたわけでもないのに呪いのことばを吐こうものなら、その後まもなくその人は死んで、その死亡の責任を彼に負わせることを、彼は覚悟してよいのであった』(Freud op.cit:邦訳276 頁) 。一つの物語の網のなかであらゆる些細なコインシデンスに意味が見出されている。単なるきまぐれ、偶然、僥倖、無意味な符合といったものはここには存在しない。フロイトがこれを「思考の万能」の原理と名づけて、呪術と対比させたのも、あながち的はずれな議論ではなかったのである(ibid:邦訳 275頁 )。

　呪術が神経症の産物であるというのではもちろんない。むしろ呪術はこうした物語の自然発生的な生成を規制するものである。それは制度的な「物語生成装置」なのである。制度的に認められた呪術の形式のなかに表現された願望だけが、経験に物語の網を投げかける。それは、夢が目覚めた後の経験を色づけるように、経験を変容させる。もちろん、呪術にはある現実を生み出すことが求められている。通過儀礼の場合のように生み出すべき現実が人々の観点のみから構成される類の現実である場合、こうした経験の変容のみによって呪術はその所期の目的を達成する。そうでない場合、人々はこうして張りめぐらされた物語の網の中に獲物がかかるのを待ちうけるのである。敵は必ずしも、すぐには死なないかもしれない。しかし私は彼が自分の親族ともめごとをおこしたり、あるいは病気になったり、あるいは事業に失敗したりするのを観察するかもしれない。網が充分広く張りめぐらされ、こちらがそれを絞る気にさえなれば、たちどころに呪術は「自己実現的予言」として成就する。

　呪術が一つの「物語生成装置」として、隠喩や換喩、種々の象徴的表現を援用していることには立派な理由がある。ルイスが主張するように、こうしたものが単に観察者にとってだけでなく、当の人々にとっても『象徴的』で注意をとりわけ喚起するものであるとすれば(Lewis op. cit:20)、ちょうど意味あり気な夢や思いがけない出来事が、我々の経験に自然発生的な物語の網を投げかけがちであるように、そうした表現は物語を喚起するのに本来適しているのである。そもそも象徴的な、あるいは比喩的な表現は、我々が生きる通常の文脈から、我々が普段は生きることのない一つの可能な世界へと我々をいざなうものなのだ( Ricoeur 1977:229 )。

　フレーザーが呪術的世界観を因果関係が網の目のように張りめぐらされた世界としてとらえ、近代科学の世界観と対比させたのは、「因果関係」を「物語的符合」あるいは「物語的呼応」と言いかえさえすれば、基本的には正しかったことがわかる。制度的呪術装置が作動しはじめると、そこからは一切の気まぐれ、偶然、僥倖といった要素は姿を消してしまうのである。今日の我々の社会では、こうした制度的呪術装置はほとんどその機能を停止しているように見える。月並みなようであるが、その原因の一つに近代科学の世界観の成立をあげることは、おそらく的はずれではないであろう。もちろんこれは、正しい知識が誤謬を駆逐したといった次元の話ではない。人間の経験とは独立に外在する『物理的世界』という観念の成立を指しているのである。

　人々は単なる願望のみでは物理的世界を支配下に置くことはできないと言う。あたりまえの話である。しかし我々の経験から、こうした機械的因果関係以外の一切の物語構造を拒む物理的世界が分離したこと自体はけっしてあたりまえのことではないのだ。願望が一切無力であるわけではない。我々は願望が「動機」その他さまざまな名のもとに、いまだに『因果関係』の構成要素として認められている領域を知っている。それは人間の内面と彼の行為に関する領域である。一方、そこで成立する一切の物語を拒む『死物』の領域、『物理的自然』がその外部に存在する。人間の経験にもたらされたこの分断、内部と外部、精神と物理的自然の分断こそが、呪術装置の機能停止におおきくかかわっているのである。人は今や自分の外部に、自らが紡ぎだす一切の物語を受けつけない一つの世界を見出したわけである。フレーザーが描き出した呪術的世界の崩壊の情景は、未開人の愚かな誤謬に関する彼自身の誤謬を差し引けば、今なお、我々が経験したこの劇的な変化を文彩ゆたかに描いたものとなっている。

参考文献

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呪術 : ある『非・科学』の素描

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参考文献