On relativism (1985)

　「異なる文化に属する人々は異なる世界に住む。」これが文化相対主義者あるいは認識相対論者と呼ばれる人々のスローガンだと言われるものである。これにはニュアンスの異なる無数の言い換えがある。「異なる文化に属する人々は世界を異なる仕方で見ている」とか、「経験を異なった仕方で組織している」だとか「異なったやりかたで意味付けている」だとか、「人々の経験や認識は文化（社会）によって規定されている」だとか、「異なる文化は異なる概念体系をもつ」などといったものである。これらはけっして同義的ではないが、少なくともこうした信念に組するたいていの者にとっては、ほとんど同じやりかたで抱懐されている信念である。つまり多くの人類学者はこうした信念を無条件に受けいれているが、さりとてそこから自分の研究対象についての有意な帰結を引き出そうとしているわけでもなければ、それをきちんと証明しようとするわけでもなく、ましてやそれを証明することが自らの任務であると考えて、フィールドに赴いているわけでもない。それらは「理論的」な命題として抱かれているわけではないのである。こうした命題を受けいれるかどうかが、自分をなんらかの「主義」にふるい分ける踏み絵になっているなどと聞かされると、ただ当惑するしかないことになる。これを仮に一つの立場と呼びうるとしても、それはあまりにも無防備な立場だということになろう。

　こうした事情は、人類学において近年はっきりと一つの傾向を形作りつつある「反－相対主義」的立場に対するギーアツの激しい反発の中にも見てとることができる（Geertz 1984 ）。彼は、これらの反相対主義の議論に共通している、コンテキストから自律した「人間的本性」を復活させようとする危険な企てをてきびしく攻撃する一方で、自らが「相対主義者」と呼ばれることにかんしては頑固なまでに同意を拒んでいる（ibid: 263 ）。そもそも相対主義の定義自体、彼によると、それを不注意にも自ら名のったりするものを別とすれば、つねにそれに反対する者たちの手によってあたえられてきたものなのだ。人類学における相対主義的傾向は、なんらかの理論であるというよりは、人類学者があつかうデータそのものの遠心的な性格に根ざしたものなのである（ibid:264）。いわゆる文化相対主義者とそれに反対するもののあいだで過去において戦わされた論争も、従って理論的な論争というよりは、遠く隔たった他者からもたらされる諸事実と「いかにおりあいをつけていくか」をめぐってなされた「警告」の応酬に近いものだった。いわゆる相対主義者たちは、「異なる文化の人々は異なる世界に住む」といったことを述べることによって、実は、自己の社会の基準に無反省によりかかることからくる、感性の鈍磨と精神の偏狭さがもたらす危険について注意を促していただけのことなのだ。（ギーアツによると反－相対主義者たちは、これに対し、すべてを受けいれることから自らの判断基準やよりどころを喪失してしまうという危険に対して警告を発していたのだということになる。これに比べると、確かに前者の危険のほうが人類学においては、はるかに現実的だったのだ（ibid: 265）。）こう論じることによって、ギーアツは文化相対主義などという「理論的」立場がそもそも存在すること自体を否定するとともに、文化相対主義に帰せられる諸々のスローガンの論理的帰結を自ら引き受けることからも逃れてしまうのである。

この議論にはもちろんおおいに共感できる部分がある。文化相対主義のスローガンが、つねに人類学者にとっての自戒の言葉以上のものではなかったというわけではないが、それが安易に「人間的普遍」を口にすることを人類学者に思いとどまらせ、現地人自身の判断基準や分類基準により多くの注意を払うようしむけてきたことは事実である。それは人類学者がその前で一時停止を余儀なくされる注意信号としての役割を、立派に果してきたわけだ。しかし、それがあくまで単なる「警告」以上のものではなかったと主張することは、結局単により慎重なだけの普遍主義者からこれら人類学者を区別するものは何もないのだということを、認めることにもなるだろう。これは前述のスローガンをより字義どおりに信じたがっている人類学者にとっては、認めたくない結論であるにちがいない。そもそも命題を、その字義どおりの内容によってではなく、その命題を抱いている人に対して果すであろう何らかの機能の点から評価するというやりかたは、その命題を弁護する以上に危険にさらすことにもなるのだということを忘れてはならない。反－相対主義者の企てが単一の「人間的本性」を甦らせることによって、ギーアツが主張するように（Geertz op.cit.274）、異文化の「他者性の解体」へと導く危険をはらんでいると言えるのとまさに同様に、相対主義の命題を、「隔絶した他者」を捏造するのにそれが用いられうるという事実を指摘することによって非難することも、いたって容易だからだ。はたして何人の人類学者が、相対主義のスローガンをこうした目的で使った覚えがないと、自信をもって言いきることができるだろう。充分には理解できていない現地人の見解や言説を、これら他者との距離を縮める努力を中途はんぱにとどめてそのまま提示することが、「異なる文化の人々は異なる世界に住む」と口にすることによって、いくたび正当化されてきただろうか。もしこれが事実だとすれば、スペルベルが非難するように（Sperber 1984: 133）、相対主義者は、かつて普遍主義が容易に陥った「西欧文化の優越」という上下階層的な秩序を、「彼らをして彼らだけの世界に住まわしめよ」という、認識にかんする「アパルトヘイト」によって置き換えただけだと言われても文句のつけようがあるまい。

　しかしギーアツは何故このような危険を犯してまでも、相対主義のスローガンの字義どおりの内容から眼をそむけようとするのであろうか。少なくとも、異なる文化に属する人々の概念体系が異なっているというのは、ある意味であまりにも明白な事実だと思えるのに、何故それが単にそのとおりであるとは主張できないのであろうか。後に詳しくみるように、字義どおりにとると相対主義の命題は、その外見の無邪気さに似あわず、下手をすると人類学者の企図の全体を御破産にしてしまいかねないやっかいな含意をともなっている。ギーアツがそれに気付いていないとは考えがたい。彼がまさに反論を加えようとする反－相対主義者たちが総攻撃を加えているのが、ほかならぬこの点、相対主義に課せられたこの異常に高価な代価に対してなのであるから。とすればギーアツは彼の敵対者が選んだこの戦場での不利な戦いをたんに回避しようとしているだけなのだ。

　ギーアツにならって、反－相対主義者たちの相対主義に対する攻撃を、ニヒリズムに対する根拠のない恐れからくるものだと片づけてしまうまえに（この点でも彼の反－相対主義者にたいする扱いは公平さを欠くといえる）、彼らが我々の注意をそこにひきつけようとしている、相対主義的な命題の論理的帰結に対決する必要がある。仮にそうした命題をひきうけることの代価が、反－相対主義者たちが指摘するようにきわめて高価なものであるとしても、その事実によって相対主義的な命題をただちに捨てねばならないということにはならない。それは人類学者が、好むと好まざるとにかかわらず、ひきうけねばならぬ代価なのかもしれないのである。

III

もったいぶる必要は全然ない。相対主義の命題をまともに受けとることの代価のあるものは、それについて少しでも考えたことのある者にとっては、まったく明白である。もし異なる文化に属する人々が根本的に異なる概念体系をもち、経験を根本的に異なる仕方で組織しているのだとすれば、つまり個々の文化を横切って共通するものが何もないとすれば、我々は、そうした人々との意志疎通に成功するという可能性について、いささか悲観的にならざるを得ないであろう。我々とは根本的に異なった認識能力をもつ生き物、猫や馬が何を考えているか知りようがないというのと、たいして違いはないことになるのである。この種の命題の含意の検討に一冊の書物をささげたロドニー・ニーダムが、その思索を「人間経験の唯一理解可能な事実は、それが理解不可能だということである」（Needham1972: 246）という一文で締め括ったのは有名な話であるが、仮にそこまで言わないとしても、もし「異なる文化に属する人びとが根本的に異なった世界に住む」という相対主義的な命題が正しいとすれば、ゲルナーの揶揄を待つまでもなく（Gellner 1985: 86-87）、フィールド・ワークの報告書の中で自らの理解の全面的失敗を告白する人類学者がもっといてもおかしくないはずなのである。御存知のように、人類学者の報告は部分的な困難の告白には事欠かないが、それはけっして彼が対象社会の人々の社会生活や親族組織や、宗教について一冊の書物をものすることのさまたげにはなっていない。これを不思議といわないで何を不思議といおう。（もちろんこうした人類学の既存の成果を、彼らはたんに誤って理解したつもりになっているだけだとして切り捨てることは容易である。その場合我々は相対主義の命題とその帰結は温存することになるだろう。しかし人類学を不可能にしてしまうのだ。）

　このことだけをもっても、相対主義の命題は充分困難にさらされることになる。しかし反－相対主義者たちの多くは、この種の「アプリオリな議論」（Block 1977: 283）だけで満足することはほとんどない。もちろんそれに触れずにはおかないのだが、あまりにも明白で、それ故いくぶん判でおしたように新鮮味に乏しいこの種の議論を、あえてくどくど述べたてることに躊躇しているかのように、彼らは相対主義のもつ別の代価のほうに大急ぎで関心を移してしまうのがふつうなのだ。例えばスペルベルは相対主義は発達心理学に対していっそう直接的かつ重大な問題を提起すると主張する（Sperber op.cit. 91）。モーリス・ブロックは、それが社会や文化の変化を、従ってそれらによって規定されているとされるところのカテゴリー体系の変化自体を説明することができないと批判する（Block op.cit.280-281）といった具合である。一つの命題の批判に二つ以上の決定的な反証が必要なわけではないであろうに。

　相対主義にたいする最初の決定的な論難こそ、実際もっと慎重に吟味するにあたいするものである。相対主義的な命題のもつこうした含意は事実きわめて深刻なものであるし、それは反－相対主義者が考えている以上にそうなのである。すくなくとも、適量の普遍を加えてやる程度のことではけっして解決できない問題であることは確かだ。私はすぐにもこの点の検討にとりかかろうと思う。しかしその前に、スペルベルやブロックが問題にする相対主義のその他の欠陥について、手短かに片づけておこう。

　スペルベルが説くところによると、相対主義のより深刻な問題点は発達心理学との関係であきらかとなる。これは素朴な人類学者にとっては、思いがけないポイントである。発達心理学は認識の発達を、初生状態から成熟状態へと至る一連の状態の継起と移行を記述し説明しようとするものであるが、相対論はこの初生状態と成熟状態との隔たりを通常考えられているよりもはるかに大きいものとするばかりでなく、生体の側にもはるかに豊かな生得能力を仮定せざるを得なくしてしまうというのである（Sperber op.cit.91-96）。どの文化に生れおちるかに応じて、相互に通約不可能なほどに多様であるとされる諸文化のうちの任意の一つを修得できる人間は、たとえて言えば、「犬のなかで育てられるか猫のなかで育てられるかによって、犬か猫かどちらかの認識能力を発達させる」ことができるような生体にも相当する存在である。こうした存在が、たんに犬であることあるいは猫であることにまして豊かな生得能力を必要としていることは明白である。さらにこうした生体が初生状態で直面している世界も、そこからたんに犬の世界あるいは猫の世界のいずれかだけを構築すればよいだけのものにくらべて、数多くの異なる世界のいずれもが構築されうるような、はるかに混沌とした世界だと考えねばならぬことになる。こうした想定は確かに心理学者の仕事をきわめて困難なものにしてしまうだろう。

　私は心理学については何かを確言できる立場にはない。人間がきわめて複雑な生体であると考えることが心理学にとって都合が悪いというのならそれでもよい。ただ仮にこの議論が正しいとしても、だからといってこうした点での人間の生得能力を最初から制限してかからねばならないという積極的な理由は、少なくとも私にはわからない。さらにこの議論が前提としている発達心理学のモデル自体に決定的な欠陥がある。

　スペルベルによるとこのモデルでは、精神が状態ｎから状態ｎ＋１へどのように移行するかを説明するために、状態ｎにおいて主体が利用できるあらゆる認知能力と、おなじく状態ｎにおける環境からのあらゆる入力情報のみを要因としてみとめる、つまり発達のある段階はその前段階のみによって規定されると考えるわけである。これは全くもっともな想定であるように見える。ある発達段階の主体がこれから到達するはずの次の段階についてすでに知っているというのは、とてもありそうなことではないからである。このモデルにしたがって、主体がその文化の大人がもっている概念的世界を、当初においては「超混沌たる」（ibid:93）入力情報を存分に利用することだけを通じて、次の段階がどのようなものであるかについて一切盲目なままで、順次つくりあげていかなければならないとすれば、その困難は、なにも相対主義をもちだすまでもなく、確かに想像にあまりあるものであろう。

　幸いなことに、人間においては事態はけっしてこのようには進行しない。ある段階の主体がすでに次の段階について全く無知なわけではない、というありそうもないことが実はここではごく普通のことなのである。つまり彼が修得すべき概念世界、彼が到達すべき最終目標は、言語をつうじてあらかじめ定められているのであり、「語られたもの」というかたちで発達のあらゆる段階をつうじて繰り返し繰り返し彼に提示されているのである。子供は「幽霊」の概念を、環境からの入力情報をやりくりして自ら作りあげるわけではない。そうだとすれば彼がそれに成功する可能性はきわめて低いといわざるを得まい。実際のところ彼はそれを幽霊について語られたこと、幽霊という言葉をつかって語られたことだけから学んでいくのである。つまり彼は幽霊について明確に知る以前にそれについて語ることを学んでいるのだ。（もちろん発達心理学のモデルのいう入力情報のなかには言語情報も含まれるという反論があるかもしれない。その場合、このモデルの見かけ上の単純さは失われてしまうことになる。スペルベルは環境からの入力情報が「観察と実験とに開かれている」というがそれが言語情報の場合ことはそう簡単ではない。子供はたんにある種の音のみを聞いているのであろうか、それとも何かを理解してそれを情報としているのだろうか、その何かとはなんだろうか。こういった問題を未解決のままかかえ込むことになるのである。これは同時にスペルベルの相対論に対する批判が効力を失うことでもある。）結局人間は犬や猫ではないし、犬や猫の発達のモデルでは説明できない。ある文化固有の特殊な概念世界の修得は、この種のモデルからそう見えるほどには困難ではないし、またその過程はこの種のモデルに示されているほど単純でもないのである。相対論が「貧弱な心理学」に基いている（ibid: 128）というよりは、むしろ心理学のほうが貧弱だったのだ。

モーリス・ブロックはその相対主義批判を人類学者にとってより馴染みぶかい問題領域で展開している。彼が直接検討しているのは、社会があるいは「社会構造」が認識を決定する、という相対主義のやや特殊な変種にあたる命題である。（これは厳密には相対主義の命題そのものというよりは、「異なる文化に属する人々は異なる世界に住む」などという相対主義固有の命題に対する可能な説明の一つだと考えるべきであろう。例えば「言語が認識を決定する」などという命題と同じ位置を占めているわけである。）

　ブロックによればこの命題の具合の悪い点は、それが社会の変化や変革を、つまり、人々はときに自らの置かれた状況をまったく新たな見方で見なおし既存の社会体系に異議をとなえることがある、というごくありふれた事実を、全く説明できないというところにある。もしすべての概念やカテゴリーが社会体系によって決定されているとするなら、「あらゆる認識が、異議をとなえるべき対象にあらかじめ適合的に形づくられている以上、新たな見なおしなどというものは不可能だから」である（Bloch op.cit. 281）。ある種のマルクス主義者のように、人々の認識の外部に全く自律的な下部構造を設定することによってもこの難点は解消しない。下部構造がこうした意味で完全に自律的で、人々にはそれについて語るべき言葉が与えられていないとすれば、それは当然人々の異議申し立ての源泉にはなりえない。逆に上部構造が与える言葉がそれについて語ることを許す唯一の言葉だとするなら、そしてそれによって語ることが可能であるとするなら、そのように語られうる下部構造は、実は全く自律的ではなかったということになろう（ ibid. ）。社会的に被拘束的な、従って、社会的に相対的な認識のみを認める限り、解決は容易には手にはいらないのである。

　ブロックによると、この難点をほんとうに解消するためには、上部構造が与える言葉とは別に、下部構造について語ることを許す別の言葉が存在することを認める必要がまずもってあったのである。つまり、人々の認識が社会体系とは別の源泉によっても規定されていること、儀礼的および日常的という二種のコンテクストで別個に観察される二つの認識システムが存在することを認める必要があるというのだ。ブロックがこの社会的に被拘束的ではない後者を「普遍的」と呼ぶとしても別段驚くにはあたらない。「社会の認識は、．．二重である。一方では、普遍的な時間・認識概念に基づいた、通常のコミュニケーションで使用されるシステム、実践的な活動とりわけ生産活動の組織化に用いられるシステムがあり、そこでは人々は、文化ごとにあまり変らない姿で描きだされることになる。他方では、別の全く異なった、比較的奇異で文化ごとにはるかに個別的な分類体系にもとづいたシステムがある」（ibid:287）。相対主義をうんぬんする人類学者は、この後者のシステムのみに目を奪われていたということになろう。しかしそうだとすると、この二つの並存するシステムのあいだの関係を説明する必要が生じてこよう。

　このブロックの議論は相対主義に対する有効な批判となりえているだろうか。私にはそうは思えない。むしろ彼が指摘する難点は、彼自身も陥っているある奇妙な言語観に由来するものといえる。もし現実とある唯一の仕方でしか関与できない概念なり言語なりがあり、従って現実についてある特定の仕方以外で語ることを許さず、現実をある唯一のしかたでしか提示できないような概念なり言語があるとすれば、そうした言語こそがここで指摘されたような難点に責任があるのである。それは変革にむけた異議申し立てを不可能にする以前に、まずもって詩人の存在を不可能にしてしまうだろう。もし言語が現実をある特定の仕方でしか提示できないものであるとするなら、現実を他の形で提示するには別の言語なり概念体系が必要となるのも当然のことだといえよう。しかし実際のところ、確かにどのような言語もそれによって語りうる現実しか語りえないとはいえ、唯一の現実をしか語りえないような言語もまた存在しないのである。だからこそ詩人はある意味でつねに新しい現実について語ったりしうるのだ。我々は詩人に対してそれぞれ別個の認識体系をあてがってやる必要はまったくないのである。社会が認識を決定するという命題がまったくのナンセンスであるとすれば、それとまったく同じ理由で、異なった現実理解に別個の認識体系を想定することもナンセンスなのだ。

公平を期すために付け加えておこう。以上の議論はブロックやスペルベルの相対主義に対する論難に対して向けられたものであり、彼ら自身の普遍主義的あるいは合理主義的枠組についての批判ではない。彼ら自身の枠組に関していえば、スペルベルにしても、別に相対主義によって困難に陥るとされる発達心理学を救済するために、彼の『命題的内容をもつ事実的信念』（Sperber op.cit.123）なる概念を設定するに至ったわけではないし、ブロックにしても、私が上で批判を加えた議論によらずとも別の論拠や証拠に基づいて、『認識的普遍（cognitive universals）』の存在を主張することは充分可能だったのであるし事実そうしている。にもかかわらず、あえて彼らの議論の些細な点（もっとも両者ともこれらにかなりのページをさいているのであるが）を取り上げて問題にしたのは、そこに共通して見られる言語事象にたいする根深い誤認に注意を向けたいがためであった。

　彼らの議論、そして相対主義者と反－相対主義者のあいだで戦わされる不毛な応酬、また以下で扱う相対主義的命題の含む論理的困難、これらがともすればなおざりにしているのは、言語が自らのうちに自分自身との『ずれ』を含み、また不断にそうした『ずれ』を生みだすことによって特徴付けられる体系である、という言語に関するきわめて基本的な事実である。詩人の活動がこれを最も端的に例証しているが、なにも詩人をもちだすまでもなく、我々の日常的な言語使用の過程もけっしてそれと無縁なわけではない。子供が大人の成熟した概念を修得する以前にその言葉を用いて語ることを学び始めるという事実自体、そもそも我々が言語を本来『ずれ』たものとして修得しはじめるのだということを明瞭にものがたっている。この『ズレ』はつねに相対的なものである。つまり、確かに一集団内での言語使用の総体が比較的安定した体系を指向しているということは言えるとしても、言葉の「本来の用法」だとか「文字どおりの意味」だとかを仮定したり確定しようとする努力がつねに困難に陥るという事実が示しているように、『ズレ』がそれとの関係で測定できるような絶対的な基準、不動の中心はアプリオリには存在しないのである。異文化理解や、他者理解、詩の理解がそもそも可能なのも、そしてブロックのような人類学者が『普遍』について語ることができるのも、自らのうちに『ズレ』を産出し、言語使用者にそれを存分に駆使することを許す人間言語のそうした特質のおかげなのだ。人類学者の発見する『普遍』なるものも結局のところ、なにか他のあるものとの『ズレ』として構築されたものだとわかるからである。しかしこれは後の話だ。まずその前に、冒頭で言及したままの、相対主義的な命題の最も明快かつやっかいな論理的帰結に議論を戻そう。

VII

「異なる文化に属す人々は異なる世界に住む、異なる概念体系を持つ、経験を異なる仕方で組織している、．．．」こうした相対主義的な命題を字義どおり受けとる者が負うべき代価は、結局のところ、すでに述べたように異文化の理解不可能性ということにつきることになる。これは、多くの人類学者が部分的にせよ仮にも異文化の理解らしきものに成功しているという事実から考えると、たしかに馬鹿げた話である。こんな馬鹿々しい結論を導くような命題は、それ自体間違った命題なのだといえるかもしれない。しかし問題はそれほど単純なものではない。仮にこの命題に含まれる極端な相対主義的主張を弱めて、「異なる文化に属する人々は異なる概念体系をもっているかもしれない」という形に変えてみよう。この主張を拒むどんな正当な理由があるだろうか。しかしその論理的帰結に関してはなんら変化はないのである。人類学者が「夫は妻に対して怒りを感じた」と報告したとする。彼はこれが、単なる観察にもとづくものではなく、現地人の発言の忠実な翻訳であると言い張るかもしれない。彼は現地語 "chitsukizi" を『怒り』と翻訳したのである。ここに上記の命題が登場する。chitsukizi と『怒り』は同じことを意味していないかもしれない、というわけだ。彼はこれに答えるすべを知らない。観察された夫の表情や行動が我々が『怒り』と呼ぶものと酷似しているとか、あるいは我々が『怒り』を感じるだろう場面でやはり彼らも chitsukizi を感じると言うといった証拠が提出されるかもしれない。しかし観察された類似が証拠となるのなら、我々は馬や猫の感情生活についても同様に語りうるということになろう。現地人の感情生活と我々のそれが同じであるという証拠は手に入れようのないものなのである。（相違の証拠を手に入れるのはしばしばはるかに容易である。例えば、彼らは葬式の場で人々が泣くのは、chitsukizi を感じたためであるなどと語る。この例はケニヤのドゥルマ族についてのものだ。）

　人類学者が一つの報告、一つの翻訳を提出するたびに、弱められた相対主義的主張が亡霊のように登場することになる。そしてそれによって疑問にさらされた翻訳の正当性、概念の同一性を証明することが、その都度ほとんど不可能に近いことを思いしらされるのである。実際問題としてはコンテクストの網羅的検討がこの問題をかなりな程度解決してくれてはいる。しかし二つの文化で全く同じコンテクストが共有されているという保証は再びどこにもない。かくして人類学は『原理的』には立ち往生するしかないことになる。確かにこんな結論を認めるわけにはいかないだろう。しかし同時に明らかになったことが一つある。ここで我々が直面している問題は、相対主義的な命題によってその所在に否応なく気付かされるものではあるが、その命題そのものによって生みだされた問題ではないということだ。こうした命題ぬきにも、翻訳の正当性、概念の同一性を証明することが『原理的』に不可能であるという点では、なんの違いもないのである。とすると相対主義を捨て、少々の普遍を導きいれたところでなんら解決にはなっていないことになる。ますますこんな結論を認めるわけにはいかないのである。

　おそらく人類学を不可能にする議論よりは、それを可能にする議論のほうがはるかに生産的である。しかし振り子を逆に振って、例えば、すべての概念はあらゆる文化で普遍的な意味の原子のようなものの組み合わせでできているといった類の普遍主義に立つことで事が済むとは思われない。普遍主義は、問題を解決するという以上に、証明するべきそして証明のおそろしく困難な莫大な負債を抱え込むことになるからである。科学の進歩にそれを委ねるというのもよいが、むしろ莫大な負債に苦しむくらいなら、少々の代価はその都度支払ったほうがよほど理にかなっているというものであろう。

VIII

人類学はあるいは異文化理解は『原理的』には不可能である。しかしそれは『実際上』は可能であった。この表面上の矛盾こそ我々にとってきわめて興味深い現象である。というのは、少し考えてみればわかるように、これはなにも異文化理解に限らず、他者理解一般をまさに特徴付けるものだからである。同じ場に居合わせる人々が同じ日本語を用いて会話している場合ですら、はたしてある言葉を同じ意味で用いているのかどうかは、けっして確認しようがない。意味はコンテクストに依存するが、同一のコンテクストが共有されているあるいは各人が組み上げるコンテクストが同じであるという保証はないからである。しかし彼らのあいだにコミュニケーションは成立している。

　現象学的社会学の流れをくむエスノメソドロジーが出発点としてもて遊ぶのもこの同じ矛盾である。コミュニケーションは『論理的』には不可能である。しかし『実際上』あるいは "for-all-practical-purposes" 可能なのだと彼らはいう。『論理的』不可能性は彼らが採用する二つの理論的前提、①「語られたもの」の意味はコンテクストに依存し、しかもコンテクストの組上げには原理的に際限がない（語りのインデックス性）、②そしてそのコンテクストの構築は逆に「語られたもの」によってしか根拠をあたえられない（語りのリフレキシヴィティー）、に由来するものである。しかし『論理的』と『実際上』のこの矛盾のために彼らはこの前提を捨てることもないし、再び「文字どおりの意味」といった概念を復活させようともしない。逆に、論理的に不可能であるにもかかわらずいかにして実際上可能となっているのか、という形で問をたててしまうのである。そしてきわめて逆説的に、コミュニケーションを『論理的』には不可能にしている、語りのもつこの特性こそがこうした離れ業を『実際上』可能にしているのだと説くのだ。エスノメソドロジーという名称そのものが、相互理解が成立しているという「感覚」を、「実際上、当座の目的には充分だという限りにおいて」作り出し維持していくのに人々が採用している方法（メソッド）の研究であることをはっきりと語っている。この一見倒錯した戦略を採用することにおいて、彼らは自分たちが批判しようとしている見解－－言葉の本来の意味とかコードとかの形で言語のなかに不動の中心、絶対的な基準を見出そうとする立場－－のパロディーを演じてみせているのだ。『論理的』不可能性なるものは、言語のズレを認めまいとする語り口－－『論理』の語り口－－以外のどこにも登場の余地がなかったはずのものなのである。（エスノメソドロジーというどちらかといえば異端に属する、そして異端者のつねとして内的統一をまったく欠いた立場を、充分な解説ぬきに登場させることにためらいがないわけではない。しかし本論の性格上、彼らに敬意を表さずにおくことは私にはできなかった。エスノメソドロジーについては、Garfinkel 1967, Cicourel 1973, Mehan and Wood 1975, Leiter 1980 などを参照されたい。）

　相対主義を名のろうと反－相対主義を名のろうと、人類学者が理論的語り口を離れて対象社会についてのあれこれを語り始めるや否や、彼はエスノメソドロジーが対象とする人々と同様に言語の『ズレ』をもとでに語っていたのである。ドゥルマ族の chitsukizi を『怒り』と置きかえることによって、私は当座の用にはこと足りると感じていたのであろう。この置き換えをさまざまな文脈で実行しているうちに、これらの文脈が日本語の通常の文脈とは必ずしも一致しないという事実に私はとっくに気付いている。しかしあえてそれを別の語に置き換えることもあるまい。そしてついには、若干の迷いとともに、「葬式の席上で人々が涙を流すのは彼らが感じる『怒り』のせいだという」とすら書きとめる。私は理解を読者に委ねるのだ。つまり『怒り』は日本語のごく通常の文脈において現われる意味においてではなく、いわば引用符付きで、通常の意味をある程度とどめたままではあるがドゥルマ語の chitsukizi についてあるいはそれを用いて語りうるあれこれを伝えうる限りにおいて、その意味をずらしてとってくれるようにと期待しているわけである。一種のきわめて拙ない詩人としてふるまうのだ。スペルベルの言いかたにならえば、私は『怒り』を「解釈用語」（Sperber op.cit.53）として用いているということになる。我々の「怒り」が普遍的にみられる感情であるとか、chitsukizi がまさにそれであるとかを主張することにはならない。

　こうしたやり方で私はドゥルマ族の chitsukizi についてなんらかの理解を伝えると同時に日本語の「怒り」についてある程度の見直しを要求することにも成功するかもしれない。しかしそれはあくまでも相対的成功でしかあるまい。もし読者がこれを日本語の通常の文脈にひきこんで強引に理解し、葬式で怒るとはドゥルマ族はなんと変った人々だろうとか、彼らは何に対して怒っているのだろう（死者が自分たちを見捨てて先立ったことをだろうか、死者の死に責任があるかもしれない妖術師に対してであろうか）などと考えるとすれば、私は翻訳の失敗を認めざるを得ないことになろう。自分が『ズレ』をもとでに語っているのだと自覚していてさえこのありさまである。最悪の場合、人類学者自身がこうした事実に無自覚なままである。とすると読者が彼の報告から何を受け止めるかに関してあまり楽観的になるわけにはいくまい。

　通常のコミュニケーションにかかわる人々は、「当座の目的に充分な限りにおいて」ズレを自由に駆使することによって語ってさしつかえない。しかし人類学者にとっては『理解』することのほかにどんな目的があるわけでもない。とすれば人類学者はいつまでも拙ない詩人のようにふるまっているだけでよいわけではなかろう。異文化間の差異を、我々の可能な認識のなかの架橋されるべき相対的ズレのかたちでできうる限り正確に測定し、それを示す必要があるのである。あるいは少なくとも、我々自身が使用する日本語の概念の、ある程度コントロールされた意図的『ズラシ』としてそれを提示する必要はあろう。先程からの例でいうと、我々自身の「怒り」という概念を主題化しそれを解体、変容させて、例えば、怒りとしての性格を充分にとどめてはいるものの、非難というかたちであらわれず、また対象ももたないという可能性をそなえたある感情としてそれを再構築できれば、このように人工的に構築した第三の表象をつうじて、ドゥルマ族の chitsukiziと日本語の「怒り」をともに理解することが可能な一つのパースペクティブから両者をながめるといったことができるようになるかもしれない。これによって最終的な「正しい」理解がえられるとは言えないにしても（ズレをもとでにして語っていながら「正しい」もないものだ）、人類学者はフィールドで自分がつかんできたものを比較的忠実に、自らと読者に伝えることに成功するだろう。言い換えれば、「葬式で人々は怒りのために涙を流す」と語る拙ない詩人が、今度は自らの用いた隠喩についての解説を行なう下手な批評家の役割を演じてみせるのである。

　ここで提案されている手続きは、ゲシュタルト心理学からかりた比喩をつかって述べることもできよう。ゲシュタルト心理学は、ネッカーの図形や、ルビンの壷のように両義的なイメージをしばしば取り扱う。ここでは図Ａとも図Ｃとも見られるようなゲシュタルトＢがまずもってあたえられており、問題はここからＡなりＣなりを構成することである。異文化理解に直面する人類学者には、逆に、ＡとＣが同時に与えられている。構成すべきはゲシュタルトＢ、つまりそれから見るとＡもＣも類似して見えるような、見方によってはＡとでもＣとでも見ることのできるような第三の共通の表象を構成することである。構築される第三の共通するゲシュタルトはあきらかにアプリオリに与えられた『普遍』などとは本質的に異なったものであるし、そのような位置を占めることもできない。それはＡにもＣにも属さないが、ＡやＣをもとにしてそこからのなかば意識的な『ズラシ』としてしか、その解体と再構成の結果としてしか構成できないものだからである。これが隠喩の読解行為の説明でもありうることはリクールによって見事に指摘されているとおりである（Ricoeur 1977:212-213）。逆に我々は、反－相対主義者が得意げに語る『普遍』なるものの性格についてもむしろ同様な疑いの目を向けることができるかもしれない。

反－相対主義の人類学者たちが「発見」した、あるいは「発見」しうると主張するさまざまな普遍について、その一つ一つをとりあげ論じることはここではできない。しかしおおざっぱな議論ならば可能である。まず問題外なのは、我々が日常用いている概念－－例えば、「怒り」だとか「結婚」だとか－－がそのまま人類学者の「記述」に登場しそれが普遍的なものだと主張される場合である。最悪の場合こうした人類学者は、例えば「結婚」という言葉が、「我々がそれを用いる通常の文脈における意味でそれをとってはならない」という暗黙の保留を付けてはじめて他の文化に適用可能になっているのだ、という事実をたんに忘れ去っている。どんな言語も、ズラシさえすればほとんど普遍的に適用可能となるような言葉にはこと欠かない。残念なことにこうした使用法はけっして例外ではなく、だからこそニーダムがしたような批判（Needham 1971）がいまだに繰り返されねばならないのである（長島 1985 ）。まだ許せるのは、それらの言葉を専門用語として再定義しその適用可能性を主張する場合であるが、ただどこででも使えさえすればよいという目的で貧弱化されたそういった言葉は、逆にその内容の空疎さのためにどのような現実も豊かには記述できず、たんに当の現実を貧弱化させる以上のことは何もしない。（人類学者が与える結婚や家族の定義を思い出してみさえすればよい。）社会学や人類学がそうした専門用語を大量にかかえこんでいることはよく知られた事実である。またその手続からいって当然のことであるが、こうした『普遍』は、すべての文化で人々の思考や行動にそれらの前提としてあるいは素材として提供されるべく、アプリオリに与えられているものというよりは、もちろん人類学者によって構成された限りでのものにすぎない。

　人類学者が『普遍』に遭遇する同じくよくあるケースは、イデオロギーや規範との対比においてもちだされる『事実』や『実際』である。人々は誰某が妖術のせいで死んだと語るが、『事実』は象に踏み潰されたのである。この『事実』は人々自身認めるにやぶさかではない。ある集団はイデオロギーでは、例えば、父系親族のみからなるリニージだとされるが『事実上』は双系親族をメンバーとして含んでおり、この事実は人々によっても認められている。人々はある規範をもち出して自分たちの行為を説明するが、『実際』には規範どおりには行動しておらず、親しくなった現地人がしばしばもらしてくれるように、その行動はきわめて『現実的』な利害にもとづいているのだ。といった具合である。人々がイデオロギーとしては何を言おうと、この『事実上』や『実際』のレベルでは人類学者と共通の認識、つまり共通の『事実認識』をもっているのだと主張されるのである。モーリス・ブロックの反－相対主義的な理論枠組が結局のところこうした見方とそうかけ離れたものでないことは言うまでもなかろう。共通の事実認識という考え方は、理論的に要請されたものというよりは、人類学者が現地で実際に繰り返しもつこうした事実の経験に深く根ざしたものだけに、それだけ説得的なのだ。これが単に、人々が何を言おうとも彼らも私、人類学者と同じものを見ているはずだという根拠のない主張であれば、ただちにこれを却下することもできようが、必ずしもそうではないのである。

　しかしこうした『事実認識』に人類学者がどのように到達していたのかを見れば、こうした主張の正体について思い違いをすることもなくなるに違いない。もし人類学者が『事実』として何を求め、何を見るべきかが最初からわかっていたというのなら、つまり自分がどの文化に赴くかには関係なく、何を『事実』として知ればよいのかが前もってわかっていたというのなら、彼の主張はますます説得力を増すことになろう。しかしながら実際はまったく逆なのである。彼は人々が事実だとして語ることから学びはじめるしかない。彼は人々が現実をとらえるイディオムを、規範を、イデオロギー的枠組を学んでいく。彼が自ら『事実認識』に思い至るのはつねに、すでにこれらをある程度学んだ結果としてなのだ。彼はそれを当の社会のイディオムやイデオロギー的な言説からの偏差－－ズレ－－として、しかもしばしば、すでにあれこれ見たり聞いたりしていたことで一杯になったノートになんらかの意味を見出そうとする過程で、これらの一次資料の再検討をつうじてそこから構築するのである。つまり『事実』は、特定の文化的構築物からのズレとして、それとの関係において相対的に「発見」／構成された二次的構築物なのである。彼は現地の諸カテゴリーを学ぶ際に、すでに母国語の『ズレ』をもとでにしている。いまやそこに第二のズレをもちこんで、ようやく自らの母国語で充分にとらえきれる『事実』を見い出したというわけである。こうした『ズラシ』が理解の戦略として用いられることはいっこうにかまわないが、それを『普遍』の言葉で提出することには何の意味もあるまい。

　誤解を避けるために付け加えておくが、私は人間に関するあらゆる普遍を拒絶しようとしているわけではない。人間の生物体としての構成や機能に普遍的なものがあるのはあまりにも当然である。当然すぎてほとんど興味がないくらいだ。人はそのままでは空は飛べないし、100 度の熱湯のなかに放置すればまず死ぬだろう。感覚器官の構造や能力にもそれほど違いはあるまい。色彩の識別能力が、多少の違いを差し引きして大差ないことが示されたとしても別に驚くほどのことではない。人類学者としての私が興味あるのは、より文化的な事象、人間が語り、語りあうことをつうじて現実を組織し、コミュニケーションをとおして互いの行動をそして社会を組織していくというまさにそのことである。そして自ら語ることによって、そうした事象にかかわろうとする人類学者の営みである。

　言語が自らとのズレを内に含んだ体系であること、多様な状況（しばしば前もって予測不可能な状況ですら）におけるコミュニケーションが可能であるのはまさにこうしたズレによってであること、幼児の言語修得の過程がすでにこうしたズレを最大限に含んだ出来事として進行するものであること、つまり一言でいえば、ズレは言語においては、あらゆる測定にともなう誤差のようなインシデンタルなものではなく本質的な属性であること、こうしたことをエスノメソドロジストたちとともに認めることは、人類学が関心をもつ文化的な領域がなんらかの外部によって一義的に規定されたものであるという可能性をきわめて低いものにする。ズレをその最も顕著な特徴とするものが、生物学的なものであれなんであれ、外部の何かと逆に一義的な関係に立つなどとはとても考えられないからだ。内部においてズレているということは、言語のいわゆる自律性、つまり外部の現実とつねにズレた過剰としての存在、と表裏一体をなしているのである。

　バーリンやケイたちによる所謂「普遍的色彩カテゴリー」の発見（Berlin,B. and Kay,P. 1969）についても、それが人類学にとって真に関与的な発見であるかどうかは当然疑問視してしかるべきである。それは色彩の識別能力についての生物学的な事実の指摘にすぎないか（そうだとするとあまり興味ある事実ではない）、人間の言語概念に対する不当に狭い限定である。ちょうど通文化比較を旨とする人類学者が、例えば「結婚」という言葉をほとんど無内容なまでに貧弱化することによってその普遍性を主張するように、例えば「赤」という言葉をマンセル色票の色彩についてしか語れないものにまで無内容化して再定義しただけのものなのだ。

相対主義の代価とはいったい何だったのだろう。そんなものはどこにも、少なくとも反－相対主義者が指摘する箇所にはどこにもなかったのである。架橋不可能な異文化という概念は言語の特性にたいする誤認のパロディーとしてのみ成立するものだったのだ。　　　人類学は外部あるいは他者との交流を通じて成立する営みである。それは常に境界線上での営みの両義性によって特徴付けられずにはおらない。そこではいかに無自覚な人類学者といえども、その目的に忠実であろうとさえすれば、自らの用いる言葉に多かれ少なかれ常軌を逸した振舞いを許すことを通じて外部と内部に立派に橋をわたしている。しかしその活動が内部に向って示されるとき、常軌を逸しているのはもはや人類学者の言葉ではなく、外部の人々のほうになってしまうのだ。こうしたことが起こるとき、人類学者はいわば失敗した詩人のようなものである。言葉に多少の常ならぬ振舞いをさせることによって、認識可能な一つの世界を開示しようとした詩人の作品が、経験にはとりこみようのない常軌を逸した世界について記述したものであるかのように受け取られることによって失敗するようなものなのである。外部との対比においてしか自らを確認できない内部が、こうした他者をつねに求めているのだとすれば、詩人や人類学者の仕事は、不可避の傾向によって失敗へと方向付けられているということになる。相対主義の真の代価がどこかに求められねばならぬとすれば、相対主義の命題がこうした人類学者の失敗を正当化してしまうという事実のなかにであろう。

　もちろん人類学者のなかに有能な詩人を期待するのはおかど違いというものである。彼に期待してよいのは彼が異文化あるいは他者との交流において、その境界的な営みのなかで暗黙裡におこなっている操作を、つまり概念のズラシ、その解体と再構成を、はっきりわかるような形で示すことである。これは確かにとてつもない課題であるうえに、人類学の仕事を永遠の進行形のもとにおくことをも意味している。だが、完了した学問などというものがそもそもあっただろうか。

参考文献

Berlin, B., & P. Kay, 1969, Basic Color Terms University of California Press.

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文化相対主義の代価

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II

III

IV

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VI

VII

VIII

IX

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参考文献