講義メモと参考文献


第十回講義

インセスト・タブーのパラドクス(2)

前回のまとめと補足

  1. 「種にとって」生物学的にはインセストは、特に良いわけでも悪いわけでもない
    アウトブリーディングのデメリット
    (1)致死性遺伝子の蓄積
    (2)ミスマッチ

    インブリーディングのデメリット
    (1)遺伝子多様性の縮減

    最適解 十分に似ていて少し違っている

  2. インセスト回避傾向が進化するわけ
    複製率の高さ

     
  3. ウェスターマーク効果
    幼児期の頻繁な身体的接触(性的接触)が、後に性的関係の忌避を生む

インセスト・タブーのパラドクス

  文化の逆説

  規則のパラドックス
     生得的に備わった回避傾向によって「規則」の成立を説明することはできない

     インセストの行為が不快をもたらす 
                      → 他人のインセストをなぜ非難し、禁止するのか

     インセスト推奨規則の存在

            王族のインセスト義務
                インカ、ハワイ、ファラオ時代のエジプト

             6c〜9cのイラン(ゾロアスター教)
                インセストは天国への入るための39の方法のうちの9番目
                インセストには道徳的罪を清める効果

             ローマ時代のエジプト
                平民の間でも実の兄弟姉妹間の結婚が望ましい形態とされていた
                アルシノエの町の資料 実の兄弟姉妹間の結婚は全結婚の37%


フロイト効果

禁止の文化的規則が存在することの帰結

      アパッチ
		     厳しい性道徳
                     幼少期(6歳までに)男児と女児は性的な遊戯を厳しく禁じ
                     られる
		     兄弟姉妹(平行イトコ含む)間の忌避は幼少期から教え込まれる
		     インセストはもっとも深刻な犯罪
			邪悪な妖術使いとみなされて焼き殺される

      トロブリアンド
		     全体的には緩やかな性的規範
		     兄弟姉妹の忌避
		     実際のインセストのケースはまれ
		     しかし姉妹との性交を夢に見る=典型的な悪夢

     禁止規則の存在

         ↓
     幼児期の性的接触を制限する
         ↓
     ウェスターマーク効果が発現しない


規則としてのインセストタブー → その意図的侵犯へ

       ファラオ時代のエジプトの王家
          兄弟姉妹婚

       アフリカの伝統的王国の就任儀礼
          近親相姦をやる
          人肉を食べる

       内閉化する集団(経済的理由)
          交換の否定
          富の分散を防ぐ
              →アラブにおける父方並行イトコ婚

          エジプト(ファユム・オアシス)における平民のあいだでの
          兄弟姉妹婚(ローマ時代)
               
               40%以上の兄弟姉妹婚=年齢差8以上


「規則」の意味

  
  (1)規則はプログラミング

  (2)他人に従わせることに意味がある

        世界で起こることについて当てにできることを増やす(予測可能性を拡大
        する)ための相互プログラミング
        
  (3)感情プログラムの発動
          他人の規則破りに対する憤り >  自分が規則に従って感じる喜び
                                               規則を破ったときの後ろめたさ

          憤り感情 → 人を他人の制裁に向かわせる強い感情プログラム

          cf. 強い「非合理的」感情の意味(R.Frank)

              合理的な損得計算 / 非合理的な憤り感情

                  自分の利害とは無関係・矛盾していても、他者に対する憤りは発動
                  自分の利害は、自分がルールに従うかどうかとせめぎあう
                                       ↑
                                       ↓
                                   他者の憤りがわかること
                                   自分の抑えがたい憤り


   他人をプログラムすることの重要性(自分も従うのだが)



インセスト・タブーと交換

レヴィ=ストロースのインセスト理論


タブーと交換

   禁止=否定的規則 / 肯定的命令

       自己消費の禁止=交換の命令


       トロブリアンド諸島のワシ交換

          ラグーンの村  ⇔  内陸部の村
             魚             ヤム芋、タロ芋

	     サガリ sagali の儀礼的分配
         
     ワシにおいては実際には無用の贈物をやりとりして、わずらわしい義務
	 が生じる。これをみると、贈答は、有用性を増すよりも、むしろ負担を
	 増しているといいたくなる。(213)

                      禁止と交換
                      
交換規則としての規定婚規則

  (1)婚姻の連鎖
         婚姻連鎖
         
        他の人々が自集団の女性を自らに禁ずることで、私は結婚可能な女性
        を手に入れることができる
         →誰もが結婚相手を外集団から手に入れる可能性を確保する


        女性のやり取りによる集団間の同盟関係
         →家族集団を超えた社会の成立

  (2)一部社会に見られた規定婚規則
     
       双方交叉イトコ婚

             cousins交叉イトコと平行イトコ

             bilateral cross-cousin marriage


       母方交叉イトコ婚

            matrilateral cross-cousin marriage






参考文献

レヴィ=ストロース 1968「家族」(原ひろ子訳)『文化人類学リーディングス』祖父江孝男編、誠信書房より pp.2-28

Fox, R., 1980, The red lamp of incest, London : Hutchinson

R・フォクス, 1977,『親族と婚姻 : 社会人類学入門』川中健二訳,(Kinship and marriage : an anthropological perspective, Cambridge,New York : Cambridge University Press , 1983)思索社

Frank, R.H., 1989, Passions Within Reason, New York: W W Norton & Co

Hamlin,J.K., et.al. 2011, 'How infants and toddlers react to antisocial others', PNAS 108(50):19931-19936 (pdfダウンロード可)

B・マリノフスキー,1980(1922),「西太平洋の遠洋航海者」泉靖一編『マリノフスキー/レヴィ=ストロース』世界の名著71、中央公論社

Watabe, M., et.al., 2007, 'Culturally Embedded Resource Allocation Strategy: An Ultimatum Game Experiment and Agent-based Computer Simulation', (pdfダウンロード可)

Wolf, A.P., & W.H. Durham eds., 2004, Inbreeding, Incest, and the Incest Taboo: The State of KNowledge at the Turn of the Century, Stanford University Press.

吉田禎吾, 板橋作美, 浜本満共著, 1991,『レヴィ=ストロース』(人と思想シリーズ96),清水書院