講義メモと参考文献


第五回講義

言語獲得の効用

前回の補足と復習

 スタンドアローン学習
    個々の個体が環境に試行錯誤的に働きかけ、オペラント条件付けと同じ仕組みで
    特定の行動を身に着けていく(学習していく)。
    
    →環境についての内的モデルを生成してそれを相手に
                        うまくいきそうな行動にあたりをつける
                        
 社会的学習
    群れの他の個体が、学習を容易にする。
    そのなかでもヒトが得意とする「模倣」は、他の動物にはない独特の能力で
    おそらく脳の機能の特殊な進化の結果

    模倣は一種のリバースエンジニアリング
    見せられたお手本(主として視覚情報)から、その行動(主として筋肉
    運動など)を作り出すプログラムを解析する

 その他の社会的学習と模倣との違い
  エミュレーション学習と模倣とはどう違うのか

      エミュレーション学習
      熊手でバナナが取れるという
      情報のみ、どうやって取るのか
      という行動の組み立てついての
      情報(プログラム)は手に入れ
      られない                    → 熊手をどうやったら取れるのかは
                                      各個体がスタンドアローン学習によって
                                      編み出さねばならない

      模倣
      バナナをとる目的で熊手をどのように使うかまで、他の個体の行動から手に入れる

    西アフリカ、ギニアのボッソー地区に住んでいるチンパンジーは、アブラヤシの
    固い種を石の台の上に乗せて、その上から小さめの石をハンマーのようにして打
    ち下ろし、種の中の柔らかい中身を取り出して食べる。

    しかしボッソー地区のチンパンジーはアブラヤシ割りの動作を覚えるのに何年も
    かかる。
    そこで伝わっているのは「石でアブラヤシの種が割れる」という結果の知識だけ
    「どういうふうにすればアブラヤシの種が割れるのか」という方法の知識は自ら
    が試行錯誤の結果、発見するほかない。

 
    模写と模倣はどう違うのか

      模写
      ある行為を忠実に再生(模倣同様リバース
      エンジニアリングの結果)
                                 →何を「意図」した行為なのか、何の
                                   ための行為なのかまでは、わかっていない

      模倣
      他者の心(意図、動機、理由、目的 etc)の理解を前提
      
      
 模倣はおおざっぱ
    微妙な変異はパクれない

    加えられた革新は累積していかない
    ↓
     インストラクション(レシピ)などを介した模倣
    ↓
     言語によってはじめて可能?
 
  

言語の起源?

「毛づくろい grooming」の代用として

R. Dunbar 1996, Grooming, Gossip, and the Evolution of Language

旧大陸のモンキーやエイプにおいて、「毛づくろい」に割かれる時間は
一日の活動時間の10%から20%を占める。

一日の活動時間に占める「毛づくろい」に割かれる時間と群れの大きさには
相関がある!

群れの大きさと、大脳新皮質の大脳に占める比率には相関がある。



ヒトの群れを「毛づくろい」で維持しようとすれば
 →一日の活動時間の40%を「毛づくろい」に当てねばならない

 →「言葉」による代用


言語の諸機能(ヤコブソン 1973)
    (1) Emotive function (喚情的機能)
    (2) Conative function (働きかけ的機能)
    (3) Referential function (言及指示機能)
    (4) Phatic function (交話的機能)
    (5) Metalingual function (メタ言語機能)
    (6) Poetic function (詩的機能)

言語は(4)から始まった?

言語記号(シンボル記号)獲得
   言及指示機能をもった言語とは

インデクス→シンボル

      インデクス
           記号と指示対象(リファラント)の結びつきはコンテキストにお
           ける共起にもとづく

      シンボル    
          記号と指示対象との結びつきは慣習、約束事にもとづく


動物のコミュニケーションはインデクス記号による

       インデクス的連合の習得
         パブロフ型条件反射、オペラント条件づけ

          相関がないと学習はすぐに解消される

          それぞれの連合の結びつきは独立
       いくつかの音声と、餌あるいは箱の状態との連合を訓練しても
       その連合は互いに影響しない。独立で、連合の一つが消えたり
       別の連合に代わったりしても、他の連合には影響ない


       ベルベット・モンキーのアラームコール
        


シンボルの学習:インデクスのヴァーチャル化

シャーマンとオースティン A+B+C+[食物名(固形物)], A+B+D+[食物名(飲み物)] sentence example シンボルの学習とは(ディーコン 1999より) シンボルの習得に先立って、インデクスとしての<記号−レファラント>連合 の習得が不可欠 インデクス的連合は相互に無関係で孤立している インデクス的連合は、同じコンテクストに記号とレファラントが ともに属している必要がある ある種の連合は生得的 ある種の連合はあとで学習されるもの(パブロフ、スキナー) ↓ どれだけのインデクス連合を使えるかは丸暗記のキャパシティ次第 脳の容量 シンボル的連合 当初インデクスとして学習した記号を、その指示対象が存在しない別の コンテキストで用いることを学ぶ       記号同士の規則的関係が、記号とレファラントの結びつきを支える (レファラントの現物は、記号と共存する必要がない) →インデクス学習の解消 →記号列間の相互関係に気付く。結合規則、選択規則など。

規則性の発見の困難と記憶力

無数のインデクス的連合の丸暗記 → 記号同士の間の連合関係や規則性 への気づき チンパンジーにとっての最も困難なジャンプ シャーマンとオースティンは成功したが、ラナは失敗 世界のヴァーチャル化 参照系との関係の変化 記号表象とそれが指し示すモノとの「心理的距離」の増大 そのモノが不在でもそれについて考えたり、語ったりすることができる 現状のヒトの言語の存在 / 他の霊長類      インデクス記号:実世界―今ここにある世界―を超えられない      シンボル記号:巨大なバーチャル世界 餌を前にしているなどの直接的状況では 「心的リハーサル」はある程度可能 (Carruthers 2006) 指示対象不在のもとでの 複雑な心的リハーサル ヴァーチャル化の利得 お菓子の山選びのジレンマ(ボイセンとバーントソンの実験)

参考文献

今週のテーマについてさらに考えるために

T・W・ディーコン 1999(1997)「ヒトはいかにして人となったか:言語と脳の共進化」金子隆芳訳 新曜社より「第二章」「第三章」

R・ダンバー 1998 『ことばの起源―猿の毛づくろい、人のゴシップ』松浦俊介他訳、青土社

S・S・ランバウ 1992『チンパンジーの言語研究:シンボルの成立とコミュニケーション』小島哲也訳、ミネルヴァ書房

N・ハンフリー 2004『喪失と獲得:進化心理学から見た心と体』より
第8章、垂水雄二訳、紀伊国屋書店

R・ヤコブソン 1973『一般言語学』川本茂雄監修 みすず書房 より
第11章「言語学と詩学」pp.183-221

T・ズデンドルフ 2014『現実を生きるサル 空想を語るヒト』寺町朋子訳 白楊舎

Carruthers, P., 2006, The Architecture of the Mind, Oxford: Oxford Univ. Press